page28:祈るなよ

『お世話になっております。

 エクスフューチャー株式会社、採用担当です。


 現在お進み頂いております選考についてご報告です。

 こちらのポジションですが、直近採用充足となったため

 ご応募頂いた中誠に申し訳ございませんが

 今回の採用は見送らせて頂きましたことをご通知致します。


 貴意に添い得ず誠に申し訳ございませんが、

 何卒悪しからず、ご了承下さいますようお願い申し上げます。


 また募集再開となった際に、改めてご機会があることを願っております。

 末筆ながら、今後益々のご活躍をお祈り申し上げます。

 ありがとうございました』


 祈られた。また祈られてしまった。

 わたしは低くうめいてメールサーバーを落とす。窓の外では桜の散る気配がする。まさに、桜散る。

 オンライン面接ではあんなに感じのよい応答ができて、血の通った会話ができたと思ったのに──。

 形骸化した「祈る」という言葉が胸の空洞に刺さり、じわじわと苦いものが広がってゆく。


 失業給付金も底を尽きそうになり、いよいよ生活がジリ貧になってきたため、わたしは重い腰を上げて本格的に就職活動を始めた。

 このままだと、来月はぎりぎりなんとかなるとして、再来月の家賃引き落としが危うい。

 以前勤めていた造園関連の業界や、業務内容的に経験を生かせそうな業種など、転職サイトであたりをつけては応募ボタンをクリックした。

 コロナのせいで無職になったけれど、コロナのおかげで交通費をかけずにweb上で面接を受けられるのはありがたく、なんだか複雑だ。

 企業によってZOOMだったり、Google Meetだったり、独自のオンラインシステムだったりしたが、ちゃんとそれぞれに対応して感じよくふるまうことができているはずだった。

 ──なのに、なかなか一次選考を突破することができない。

 ああ、もう。「直近採用充足」ってなんなんだよ。

「今後益々のご活躍」なんて祈るなよ。っていうか本当は祈ってなんかいないくせに。ふざけるな。時間を返せ。

 どすどすと冷蔵庫に歩み寄って、作り置きしておいたアイス柚子茶を乱暴にグラスに注ぎ、喉を鳴らして飲んだ。

 冷たい甘みが食道を駆け下り、胃壁に流れ落ちる。


 選ばれない。企業からも、男からも。

 その不安、その恐怖が、じわじわと心のデリケートな領域に侵食する。

 どうして。どうして。

 たしかに何の取り柄もない。語学が堪能なわけでも、高度なITスキルを持っているわけでも、免許や資格をいろいろ保有しているわけでもない。そもそも正社員経験すらない。

 とりわけ美人でもないし、実家が金持ちでもない、SNSのインフルエンサーでもない。考えれば友人すらそんなに多くはない。何のアドバンテージもない。

 いて言えば比較的体が丈夫で、運動神経は悪くなくて、関東圏の低山くらいならわりと制覇してて──って、あれ?


 わたしには、何も、ないのだろうか?


 呆然となって自分のにおいの染みついた寝具に身を横たえていると、窓から差しこむ光がみるみる夕焼け色になってカーテンを染め始めた。

 からっぽだ。わたしは、からっぽの25歳なのだ。

 このままずっとひとりきりなのかもしれない。埋まらぬ空洞を抱え、誰かに選ばれたいと願いながら孤独に生きて、ひとりで死ぬのかもしれない。

 富岡は、既読スルーどころか数日前から未読スルーだ。

 せっかくできた友達を裏切って、あんなことやこんなことまでしたのに。会うこと以外何も望まず、恨みごとも言わず、こんなに低姿勢で待ち続けているのに。

 やるせなさと情けなさで、まぶたの裏が重苦しく濡れてきた。


 部屋がすっかり夕闇に包まれ、わたしは空腹を意識してむっくりと上半身を起こした。人間、どんな苦境にあっても腹は減る。

 冷蔵庫、何が残ってたかな。実家の母が送ってくれた大量の深谷ねぎを、そろそろ使い切らなければ。

 クックパッドで節約レシピを検索しようとスマホを持ち上げたら、青いバナー通知がぽんぽんと続けて降ってきた。


「浦和うなぎさんが応援しました。」

「浦和うなぎさんがあなたの作品をフォローしました。」


 そうだった。少なくとも、今のわたしには創作がある。

 宇宙の星ほどもある小説作品の中から、わたしの書いた拙い私小説に目を留めてくれる人がいる。時間を割き、液晶画面をスクロールし、文章を追ってくれる人が、きっと今この瞬間にも。

 そうだ、もっともっとたくさん書いてコンテストか何かで結果を出したら、富岡だって見直してくれるかもしれない。

 その思いつきが胸の暗がりに小さな灯りをともし、わたしは泥つきのねぎを強く握りしめた。

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