page27:固執と追憶

 スカートを、頭からかぶるのでなく、脚を通して履けるようになった。それが、体型が元に戻ったことの何よりの証明だ。

 ぱんぱんになった太ももや肥大した尻を通過できなかったスカートたちが、するりとウエストまで到達してくれる。

 スリムというよりは痩せぎすと呼ぶべき体型の男と抱き合うようになって、自分だけいつまでも脂肪の塊でいることはできなかった。

 恋と焦燥感は、ダイエットの味方だ。


 しかし、肝心のその男はどんどんつれなくなっている。


 元々まめなたちではなかったけれど、あの電話を機に、自分から連絡してくることはほとんどなくなった。

 何気なさを装ってLINEを送っても、既読の付くまでが果てしなく長い。

「今回も給付金って出ないんだね~。お金がなければステイホームもできないのにねw みんな意識緩んじゃいそう! わたしもさすがにどっか行きたいなあ(遠い目)。今日もお仕事頑張ってね!!」

 そんなさして意味もないメッセージを送信してから丸2日経って、ようやく「今日早番だからいつものとこで18時に」と事務的な内容のみが返ってくる。

 最近はホテルに直行直帰で、カフェでお茶することもない。セックスそのものもどこかおざなりだ。せっかく頑張って痩せたのに。

 コロナ陽性を疑われたことが、そんなに気に障ったのだろうか。

 それとも、避けていた良佳の話題に正面から向き合わされるのが億劫なのだろうか。

 せんき想像がむなしく頭をめぐる。


 そうこうしているうちに、気の早い桜が咲いてきた。

 窓の外をはらはらと舞い散る花びらを見ていると、胸の奥に鈍い痛みが蘇った。

 あの別れから1年か――。

 わたしは、その名前を久しぶりに記憶の底から引っぱりだす。

 北見くん。

 元気でやっているのだろうか。すっかり名古屋に馴染んでいるだろうか。遠距離のまま終焉となった恋人のことなんか忘れて。


 いったん昔の恋を思いだすと、この1年のあれこれが芋づる式に蘇って脳内をめぐり始めた。

 北見くん。モロちゃん。――そして、富岡。

 重い腰を上げて転職活動を再開しながら、わたしはカクヨムを開き、最近の流れを一気に書き綴った。

 読者の方もいいかげん呆れているだろう。こんなだらしない自分をヒロインに据えた私小説なんて。

 それでも、文字にしてしまえばしょうもないエピソードの数々が物語として昇華する気がして、わたしはがしがしとキーボードを叩き続けた。


 気分転換に雨月とお花見くらいしたいと思いつつ、意識はどうしても不実な男へと向かってゆく。

 会ってセックスするだけの関係、しかも他人の恋人に固執し依存する自分の心理が解せないまま、わたしはまたLINEを送ってしまう。

「お疲れ様でーす! なんかもう緊急事態宣言解除みたいですね! 上板橋の駅近にできた、夜までやってる素敵なアジアンカフェが最近気になってます♪ 店内に喫煙ブースあるみたいだよ!」

 送信ボタンを押し、”既読”の小さな二文字が現れるのを、わたしは祈るように待った。

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