page19:そういうのいいから
カーディガンのボタンを外し始めると、画面のコメント欄は静かになった。
知らない男たちの息遣いが画面越しに伝わってくるようで、ひそかに昂る。でもそれは性的な意味ではない。お金のことしか頭にはない。
本当はもっと焦らしてもいいのだけれど、あまりもたもたしていると時間稼ぎの意図がばれてしまう。それに、脱ぎ始めると入室率も高くなるのだ。
ぽーん。ぽーん。
9人。今、9人がわたしの体を見ている。
自粛生活で太ってよかった唯一のことは、ブラのサイズがひとつ上がったことだ。
「じゃじゃーんっ」
前身頃を開き、下着姿になる。
新品というわけでもないが年季も入っていない、通販で買って2年ほどの、クリーム色のブラだ。レースが少し黄ばんでいるけれど、間接照明の光で飛ばしているから画面越しではわからないだろう。
『おーwww』『美乳』『雨月ちゃんハァハァ』『かわいいブラ』
再びコメントが入り始める。
「ありがと~嬉しいな」
毎度のことながら、脱げるところまで脱いだ後は間がもたない。自分の両手でてきとうに揉み、感じている顔をしてみたりする。画面に胸をクローズアップさせたりもする。心の奥は、ひどく空しい。
7。6。入室数の数字が少しずつ減ってゆく。
当然だ。チャットレディのアダルトチャンネルは、これより過激な行為をしないと人気が出ない。同じ料金で視聴するなら、そりゃあ刺激の強いほうがいいだろう。自分が男でもそちらを選ぶ。
でも、「自分が見せるのはここまで」というポリシーを持つことも大事だと、ほぼ会話だけで稼いでいるというチャトレがブログに書いていた。
焦りが顔に表れないよう、笑顔をキープしながら体をくねらす。お金。お金。
『下は脱がないの?』
新規のユーザーが発言した。これまで幾度となくされた質問だ。
「2ショットのときは脱いでるよ~」
余裕を作って答える。
少しあからさますぎたかな、と思った瞬間、画面表示がぱっと変わった。
パーティーチャットから2ショットチャットに切り替わったのだ。
脱がないの? と言ってきた新規ではなく、末尾に「w」を付ける常連でもなく、ごくたまに入室してくる「ミネルヴァ」というユーザーだった。
「わあ! ありがとうー! えっと、ミネルヴァさん、たまに来てくれるよね。2ショット嬉しいです~」
精いっぱいおもてなしの声を出しながら、にわかに緊張してくる。
本人にとっては利用料が上がるわけだから、パーティーチャットでは見られないプレイを望む客や顔を全部見せろと言ってくる客も、たまにだけれどいるのだ。突然双方向カメラに切り替わって、禿げあがったおじさんの脂ぎった頭部を拝むはめになったこともある。
「あ、それじゃあ、スカートの中見たいかな?」
立ち膝になってスカートのウエスト部分に手をやると、
『いいから』
と表示された。
「……え?」
『そういうのいいから』
――はあ。
体勢を戻した途端、くしゃみが出た。二の腕の鳥肌を意識する。まずい、エアコンを入れておけばよかった。
『着ていいよ』
「え? あ、はい……」
なんだか調子が狂う。カーディガンを再び着ると、またくしゃみが出た。
「ありがとうございます。ちょっと寒かったんで助かっちゃいました」
『いくつ』
「え?」
『歳』
「あ、えっと、プロフィール通りですよ~。25です」
『そう』
これについては本当だ。下手に年齢をサバ読んで、急に干支やらその年代にしか通じない話題を出されたら、整合性のとれる対応なんてできないだろうから。
「ミネルヴァさんはおいくつくらいなんですか?」
客のプライバシーを探るのはNGだけれど、社交辞令の範囲で逆質問をしないと時間は稼げない。
『いいから』
「え」
『マヤちゃんじゃないよね』
「マ、え、マヤちゃんですか?」
カーディガンをかき合わせただけの間抜けな姿で訊き返す。ペースが狂ってタメ口キャラが維持できず、いつのまにか敬語になっている。
『前にこのサイトにいた嬢で』『めっちゃエロくてかわいくて話も合ったんだけど』『いつのまにかいなくなってて』『探してて』
ミネルヴァは細切れに区切りながら打ちこんでくる。なんだ、人探しか。肩の力が抜ける。
『あんたちょっと似てるけど違うね』『ホクロの位置が同じだけだった』『なんかすみません』
「あ、はい。雨月といいます~マヤさんじゃなくてごめんね! よかったら……」
『でもあんたも悪くないよ』『美人すぎないし』『ちょいデブだけど』『またね』
ちょいデブ……。
言葉を失うわたしを前にミネルヴァは退室し、画面はパーティーチャットに戻った。
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