page18:チャットレディ

 サイトにログインし、「待機」ボタンを押して、わたしを映しだすPCモニタからいったん離れ、ベッドに腰かける。

 カーテンレールに取りつけたクリップライトから放たれるLED電球の光が、わたしの肌のあらを隠し、美白かつ美髪に見せてくれる。

 右目の下には、油性ペンで描いた偽の黒子ほくろ。普段使わないリキッドタイプのアイライナーで目を強調し、付け睫毛も装着した。マスクもしているし、背景はただの白い壁。身バレはしない、と希望的観測を持っている。

 万一知り合いに見られたとしても、他人の空似で言い抜けられるレベルだと思う。そもそもこのサイトを利用している時点で、バレたときの気恥ずかしさはお互いさまだ。


 こうしている今も、画面の向こうでは顔も見えない男たちがプロフィール画面からこちらを品定めしている。

 パーティーチャットなので、どんな人でも、何人でも、わたしのチャンネルに入ってくることができる。


 ぽーん。

 待ちかねていた電子音が響く。常連のユーザーが入室してくれたのだ。

 慌てて居住まいを正しつつ、物欲しげに見えないよう、過剰な笑みは作らない。

 最初の頃は喜びと緊張を隠しきれずぎくしゃくした顔になってしまっていたけれど、最近ではポーカーフェイスも慣れてきた。どうせマスクもしているし、気にしすぎる必要もないのだけれど。


「来てくれてありがと〜」

 下着の上に軽くカーディガンを羽織っただけの姿で笑いかける。もう10月半ばなので、夜は少し肌寒い。

 相手の顔は見えない。少し置いて、「また来ちゃいましたw」という言葉が画面の下に打ちこまれる。文尾の「w」を多用する男だった。

 ぽーん。ぽーん。

 ひとりが入室してくると、何人か続けて入ってくることが多い。他人が見ているもの、楽しんでいるものを覗きたいという心理だろうか。

「嬉し〜! ありがとーっ」「こんばんはー!」「あっ、タケさんお久しぶりじゃない?」

 ちょっとバカっぽすぎるかな、というくらいのテンションで、画面の奥の男たちに話しかける。一応、「普通に明るいキャラ」という設定だ。


 実際、かなり嬉しい。ひとりが閲覧するごとに、1分間で40円が支払われるのだ。

 気に入ってくれたユーザーが「2ショットチャット」を選択すると、自動的に他のユーザーは立ち入ることはできなくなるけれど、報酬は1分間200円となる。双方向カメラに切り替えてくると、さらにアップする仕組みだ。


 このライブチャットサイトにチャットレディとして登録して、1か月ほど経った。

 最初のうちはノンアダルトのチャンネルで待機していたけれど、入室してくれる客は驚くほど少なかった。

 ようやく獲得した客からも「ちょっぴりでいいから脱いでみてよ」「オナニーとかするの?」等と性的なことを言われる始末で、それならばと早々にアダルトチャンネルに切り替えた。報酬はノンアダルトの倍額だ。


 人気ランキング上位のチャットレディは、「ゆいか★毎晩22時〜オナニー公開中!」「♡カナ♡Gカップ爆乳娘♪」等とユーザー名からして気合いが入りまくっている。

 わたしはシンプルに「雨月うづき」にした。友人の名前を勝手にもらうなんて許されるのかわからないけれど、彼女の素敵な名前を一度どこかで使ってみたかったのだ。ごめん、雨月。


「5人集まったら、これ、脱いじゃおっかなーって思ってます」

 カーディガンのボタンをぷちりと外しながら、誰もいない部屋で画面に語りかける。

「おお」「楽しみ!」画面の下に吹き出しが次々現れる。

 今のところ、それほど悪質なユーザーには当たっていない。2ショットにして延々自分語りをしてくる男や、双方向チャットで性器を露出してくる男なんかもたまにいるけれど、こちらとしては少しでも時間が稼げれば満足で、内容などはどうでも構わない。興味ありげに相槌を打ったり、「きゃー巨根!」などと返してあげれば、相手も満足してくれて、「チップ」ボタンを押してくれることもある。

 よほどの迷惑行為や不快な言動があれば「キック」ボタンを押して即ブロックすることもできるし、スタッフに通報もできる。それを思うと特段怖いことはなかった。


 ぽーん。

 閲覧中のユーザーが5人になった。

「わあ、ありがと〜! それじゃ、ちょっとだけ……」

 わたしはカーディガンのボタンを全部外し、するりと脱いだ。


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