page17:金欠ゆえに

「とてもハラハラしながら読んでいます。これって私小説なんですよね? リゼさん大丈夫ですか? ちょっと心配になりました」

「新しい彼さんにとっても『不要不急の恋人』だった、ってことなんでしょうか……?? 胸が痛みます。作者さん頑張って!」


 カクヨムの小説に、読者の方々からそんなコメントが寄せられるようになった。

 モロちゃんとの一連を叩きつけるように書き尽くしてしまってからは自分が空っぽになった気がして放置しているけれど、心配の声はぽつりぽつりと五月雨さみだれ式に届く。


「これが現実かどうかなんてどうでもいいはずなのに、作者の息遣いまで伝わってきそうなリアルな筆致が胸に迫り、のめりこんでしまって自分の執筆がはかどりません」


 大人気の書き手である雪下ひるねさんからも書きこみがあった。

 そうか、そんなに影響を与えてしまっているのか。

 暗闇の中で発行するスマホの画面を見つめていたら急に喉の渇きを覚え、わたしはベッドからのそりと起き上がった。

 コロナ以前より9kgも増えた体が床をぎしりと踏みしめる。

 最近、自分の姿を直視するのが恐ろしくて、スタンドミラーを見なくなった。

 下着もジーンズもめっきりきつくなったけれど、サイズアップしたものに買い替えるのは太った自分を受け入れるようでよけい怖かった。


 冷蔵庫の前にかがみこんで扉を開く。闇の中に光がこぼれる。

 雑多な食材に混じって、モロちゃんが持ちこんだよくわからない調味料の数々も入りっぱなしになっている。

 わたしには使いこなせないよ、モロちゃん。

 ぽそりとつぶやきながら横向きに押しこんであった三ツ矢サイダーのPETボトルをつかみ、それだけにしておけばいいのに「明治チョコスナック きのこの山とたけのこの里」12袋入りを手にしてしまう。

 それらをシンクの上に乗せ、キッチンの暗がりの中、きのこの山とたけのこの里を立ったまま口に運び三ツ矢サイダーで流しこんだ。

 ファミリーパックって。家族どころか恋人もいないのに。

 ふとおかしくなって、くすりと笑ってみる。誰もいない深夜の部屋の壁に、その声は虚しく反響して消えた。



 銀行のATMの前で、わたしは青ざめた。

 まだまだあると思っていた預金額はずいぶん目減りしていて、失業給付金の入ってくる3ヶ月後までとても持ちこたえられそうにない。

 同棲中、モロちゃんは家賃や光熱費を半額払うよと言い続けてくれてはいたものの、「気持ちだけで嬉しい」と伝えたら本当にそのままになってしまった。

 ただ、食費や生活用品等の雑費についてはすべて負担してくれていたし、彼の実家経由でもらったマスクや消毒ジェルなどの衛生用品にはどれだけ助けられたかわからない。それらを考え合わせれば妥当だと思えなくもないのだ。

 すべてをきっちり折半していたら――せめて家賃の半分だけでも受け取っていたら。わたしは唇を噛みしめる。

 わかってる。面倒だったし、嫌われたくなかった。

 金に細かい女だと思われたくなかっただけだ。


「簡単 稼げる 即払い」

 検索窓にそんなキーワードを打ち込んで検索する。

 情報化社会は怖い。「女性」と入力したわけでもないのに検索エンジンはこちらを女性と認識していて、女性向けの求人情報がわんさとヒットする。

 風俗。風俗。軽作業。スマホで副業。そして風俗。

 風俗は嫌だが、単調な軽作業も同じくらいゾッとする。

 こんなときに贅沢は言っていられないけれど、やっぱりいくらかは経験やスキルを活かせたり、クリエイティブな要素があったりしたほうがやりがいを感じるというものだ。


 やっぱりまともに転職活動すべきなんだろうな。

 うんざりしてスマホを閉じようとしたとき、「チャットレディで高収入!」というフレーズが目に入った。

 何気なくクリックし、そこに書かれている内容を読み進めた。

 十数分後、わたしはAmazonでwebカメラとクリップライトの購入ボタンをぽちりと押していた。

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