page12:同級生

 受け渡しは近所の公園だった。

「駅とかだと、密だから」とモロちゃんが気遣ってくれて、わたしの近所まで来てくれることになったのだ。


「なんか怪しいブツの取り引きみたいっすね」

 誰もいない公園のベンチで大きな手提げ袋を渡してくれながら、10年ぶりに会う同級会は微笑んだ。

 マスクの下は見えないけれど、笑うとぎゅっと目尻に皺が寄るところは中3の頃と変わらない。

 Facebookで見た通りこげ茶色に染められた髪から香る、メンズ用整髪料。シャツにもデニムにも、飲食店の人間らしいぱりっとした清潔感があった。

「すごい、なんかいろいろ入ってる……見ていい?」

「もちろん」

 ときめきを押し殺しながら、わたしは秋葉原の電器屋のロゴが印字された手提げ袋に手を入れる。

 50枚入りのマスクひと箱に、消毒用アルコールジェル、ハンドソープの詰替に除菌ウェットティッシュ。喉から手が出るほどほしかったものたちが詰まっている。底の方には、実家の小料理屋で余らせたと言っていた調味料や食材が見えた。

「……いいの? ほんとにもらっちゃって」

「Here you are」

「やばい、ちょっと泣きそう」

 泣きそうではなく泣いていた。安堵やら感謝やら再会の嬉しさやらがひと塊になって胸を押し上げる。

「ありがとう……」

 うつむいて目頭を押さえる。モロちゃんは黙ってわたしを見ている。

「マスク、もうこの1枚しかなくて……2枚あったのをずっと洗って使い回してたけど昨日1枚だめにしちゃって……誰かと普通に会話するのも久しぶりすぎて……」

「付け替えてあげよっか」

「え?」

 モロちゃんは手を伸ばし、わたしのよれよれのマスクをやさしく取り去った。その指先が頬や耳たぶに触れ、わたしは硬直した。

 マスクの箱を自分の膝の上でべりべりと開封したモロちゃんは、新しい一枚を取りだし、そのゴム紐をわたしの左耳にそっとかけた。

「今更だけど……」

 もう片方の紐を持ったまま、鼓動が爆速になったわたしを至近距離でじっと見つめる。

「ソーシャルディスタンス、破っていい?」

 視線だけで返事をすると、唇が重なった。


「このままここに住んじゃおっかな」

 超特急で片付けたわたしの部屋で燃えるようなセックスを終えると、モロちゃんは天井を見上げたままぼそりとつぶやいた。

「え、そうしなよ」

 枕から顔を浮かせ、本気で同意した。ふたりともまだ息が乱れ、心地よい気怠さが全身を覆っている。

「え、いいの? 迷惑じゃない?」

「そっちこそお店とか平気なの?」

「全然平気。どうせコロナ落ち着くまで無理だもの。それにもともと俺なんかいなくたって回る店ですから」

 モロちゃんは自嘲的に笑った。会社での自分の立ち位置と重なり、胸が痛んだ。

「好きな子とこうしてた方が、免疫上がりそうだしさ」

 それはわたしに対してというより、自分自身への言いわけのように聞こえた。

 このひとを守りたい。

 どちらかと言えば守られているのはわたしなのに、そう思った。


 モロちゃんがいったん吉祥寺の自宅に荷物を取りに戻っている間、スマートフォンはカクヨムの青い通知を次々に表示し続けていた。

 応援、フォロー、そして何より嬉しい★やレビューやコメント。

 地球の反対側、アルゼンチンからも熱心なコメントが届いていて驚かされた。カクヨムユーザーは世界中にいるのだ。

 眠り続けている間更新をサボっていたのになぜだろうと思ったら、雪下ひるねさんがTwitterでご紹介くださっていた。うわあ、と頬が緩む。

 そうだ、やっと新たな恋愛ネタができたのだった、わたし。

 壁時計に目をやり、彼が戻ってくるまでの時間を逆算しつつ、わたしは久しぶりにPCを起動させた。

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