page6:異物感

 執筆は快調だった。

 北見くんとの思い出やこの生活を綴るのにネタは尽きることがなかった。

 雨月に言われたとおりpv数はエピソードごとにきれいな階段状に減っていったけれど、その分コアな読者がついた。


「言葉よりも声、声よりも顔。

 会えない事態なのは分かってはいるけれど、だからこそ会えていた時よりも別の形で相手に想いを伝えるって大切ですよね。

 私も好きな人に会いたいなぁ…。」


 共感を示すコメントをもらったときは、嬉しさで少し震えた。

 そう、この状況ならではの想いの伝えかたがあるはず。顔も知らない「YU」さんが好きな人に会えることを祈りながら、さらにキーボードを叩く。

 作品フォローはじわじわと増え、30を超えた。


 元来アウトドア派で体を動かしていないと落ち着かないタイプの生き物なので、肥満防止も兼ねてAmazonでステッパーを購入してみた。

 リズミカルに踏みこみながら、脳内で次に書くエピソードを練り上げた。会えないままの恋人との鮮やかな思い出で頭がいっぱいになるのは、どこか複雑な気分だったけれど。


 相互フォローになった雪下ひるねさんを参考に、宣伝用のTwitterアカウントも開設してみた。

 プライベート用のアカウントと切り分けて運用するなんて器用なことが自分にできるのか不安だったけれど、「#カクヨム」タグを付けてつぶやくうちに、少しずつつながりができた。


「里瀬ちゃん、頑張れ❗️ コロナにかこつけて会いたがらない男、ちょっと怪しいぞ? と私は疑い深いので思っちゃいました。」


 引用RTで感想をもらった。「みずたま」さんという主婦の方だ。おお、カクヨムという媒体を超えて読者を得ている。すごいすごい。


 ……って、えっ。

 思考がかちりと止まる。

 異物を飲みこんだときのような違和感。


 怪しいかな、北見くん。

 何か別の理由があって会いたがらなかった……? 彼にかぎってそんな可能性、あるだろうか。少なくともこれまで、別の異性のことで揉めたことはない。でも、いやに冷たく突き放したあの感じが不安を誘う。

 純粋にコロナのせいだよね。感染抑止のためだよね、STAY HOMEだよね――いや、でも。

 一度芽生えた不安は濃さを増してゆき、わたしは落ち着きを失う。しっとりと思い出を反芻し、私小説を書いて読者を増やしている場合ではなかったのかもしれないと思うと、漫画みたいに冷や汗がにじんだ。

 信頼しているからこそ遠距離恋愛を続けてこれたのに。こんな、今更、こんなことで。


 電話してみるべきであることはわかっていた。彼はまだ、わたしの恋人のはずだ。

 これまでも冷戦状態になった経験はあった。でも、ここまで長い時間互いにノーリアクションを貫いたことはない。異物感が胸の中で嫌な感じに拡大してゆく。コロナウイルス感染者の増加を示すグラフみたいに。


 GWに突入する前の晩、わたしは意を決してベッドの上に正座した。スマホの液晶に指を滑らせ、「北見徹平」を呼びだす。既に手汗をかいている。

 言葉よりも声、声よりも顔――コメントでもらった言葉が呪文のように蘇る。

 テレビ通話とか、流行りのZOOMという手もあるのだ。彼がもし出てくれたら、提案して切り替えればいい。出てくれたらの話だけど。


 北見くんはなかなか出なかった。

 せめてLINEで事前に都合を確認すればよかったのかもしれない。でもそれだと反応があるまでかけられなくなってしまう。

 コール音を8回まで聴いたら切る。それを2度行い、3度めの発信でいきなり切り替わる音がした。心臓が小さく跳ねる。


『――なに』

 ひどく乾いた声が通話口から聴こえてきた。

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