page4:ビギナーズ・ラック

「え……」

『ビギナーズ・ラックですよ。往々にして初心者が得ると言われている幸運のことですな。主に賭け事などにおいて言われますけれども』

 雨月はしばしばこんなふうに辞書でも読み上げるような口調になる。実際、彼女の頭の中には分厚い辞書があるに違いない。

「……いや知ってるけども」

『まあ実際はそんなのないんだけどね。初心者が活躍すると熟練よりも注目を集めやすいってだけのことで』

「いやだから知ってますけども」

雪下ゆきしたひるね先生もエッセイに書いてたんだけどさ』

 雨月は例の推し作家の名前を出した。

『カクヨムってさ、初投稿がいちばん読まれやすいんですってさ。トップページに「新作の連載小説」ってあるでしょ』

「……あったっけ」

『すんごい下の方までスクロールしないと出てこないかもね、スマホだと。新作はもれなくそこにピックアップされるもんだからさ、新しいもの好きの読者とか、たまたま目にした人とかが立ち寄ってくれやすいって話ですよ』

「……」

『その中にはレビュー書いてくれる奇特な人もいるよね、そりゃ』

「それを含めてただのビギナーズ・ラックだって言いたいの?」

『左様にござります』

「実力じゃないから調子に乗るなって?」

『左様にござります』

 穏やかな口調を心がけたつもりがけんのある言いかたになってしまったけれど、雨月はのらくらとかわす。まあ、彼女とわたしは昔からこんな感じだ。相手の顔色を見るということをしない。


『とにかくね、最初がいちばん読まれるってことは知っといた方が後々傷つかないと思うわけですよ。どんなに上手い書き手さんの小説見てもね、pv数ってほぼほぼ尻すぼみになってっから。きれいなデクレッシェンド。これは絶対』

「……さいですか」

『今、フォロワー数ってどのくらい?』

「あたしの? 小説の?」

「小説の」

「さっき15人を超えた」

『うひょ〜、そりゃ調子乗っちゃうのも無理ないわ』

 わたしはいつ調子に乗っただろうか。文机の前からベッドに移動しつつ考える。たしかに、はしゃぎすぎたかもしれないけど。

『ところで、なんて名前でやってんの?』

「え?」

『筆名。読ませていただきますわ』

「……『リゼ』」

『そのまんまやん! そこはもっとひねろうぜよ!』

 雨月は心からおかしそうにからからと笑った。


 電話を切ってから1分と経たずに、「rainymoonさんがあなたの作品をフォローしました」と「rainymoonさんがあなたをフォローしました」のカクヨム通知が届いた。

 通話中に北見くんから連絡が来るのではとひそかに期待していたけれど、どこにも何にもそのような通知は来ていなかった。

 デクレッシェンドは、わたしたちかもしれない。

 そんな思いがひらりと舞い降りてきた。

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