page2:あなたのことを書きます

 恋人の北見きたみ徹平てっぺいとは、この春でちょうど付き合って丸2年経った。明確な言葉もなく付き合い始めたので、記念日というものはない。


 月並みだけれど、出会いは大学時代のサークルだった。

 ワンダーフォーゲル、略してワンゲル。活動は登山に沢登り、川下りにスキーと多岐に渡った。学生集団の常として、いくつものカップルが生まれては破綻する栄枯盛衰が見られた。

 北見くんとわたしは、卒業を間近にして急速に親密になった。互いにほんのり好意を抱いているのは勘違いじゃない、そのことを確認する作業を繰り返すうちにくっついた。そんな印象を彼も抱いていると思う。


 1年目はとろとろの蜜月だった。お互い都内で就職して埼玉の実家を出たので、週末はたいていどちらかの部屋に入り浸った。やがて行き来が面倒になり、半同棲のような生活になった。

 共通の趣味である野外散策へ行きもせず、ひたすら体を重ねた。互いを隔てる境界線が曖昧になるくらい、夢中で。

 2年目、彼に名古屋への異動命令が出た。実はそちらが本社ということで、左遷ではなく名誉ある研修ということらしかった。

「長くても3年で戻れるんだって」そう言って彼は寂しがるわたしの元から旅立った。最初は隔週に1回ペースだったデートが月1回になり、2ヶ月に1回になり、年末年始に帰省ついでに地元で会ってからは電話とLINEだけの関係になってしまった。


 頭のキレるタイプで、社会を広く見渡す目を持ち、同い年とは思えないほどの教養の持ち主だった。気の強い彼がわたしといるときにだけ見せる甘い表情が、わたしに無尽蔵の幸せを与えた。

 言葉や態度にだんだん思いやりがなくなってきたのは、いつからだったろう。彼が異動になる前から、少しずつこちらを見下すような目線を肌で感じていた気がする。

里瀬りぜさあ、なんで新卒カード使って契約社員なの? もしかして、結婚して俺に養ってほしいとか思ってる?」

 そんなことを言われた日の言葉の響きの冷たさが、今になってまざまざと思いだされた。


 ――いいや。今は、そんな苦い記憶も滋養にして、作品に織り込もう。

 もしコロナに感染して死んだりしたら、事実上これが遺書みたいなものになるかもしれない。少しずつでも、大切に書いていこう。


 カクヨムは、Twitterで何となく知っていた。友人の雨月うづきがweb小説というやつにはまり、いろいろなアマチュア小説家の宣伝を拡散するせいで、わたしのタイムラインにもたびたび流れてくるのだ。

 推し作家を一緒に応援してほしいと雨月に頼まれて、アカウントも開設した。義理ではあったけれど、その書き手のライトノベルは存外おもしろかった。でも連載終了時に★を付けてからはログインさえしなくなっていた。


 わたし自身、文章を書くのは嫌いじゃないし、身内ばかりで監視し合っているようなSNS界隈にいくぶんんでいた。まったく新しい地平に立ってみたい気持ちに後押しされ、わたしは初めて「新しい小説を作成」ボタンを押した。読み手から書き手になった瞬間だった。

 作品タイトルは「不要不急の恋人」でいいや。センスなんてないから凝りようもないし、いかにも時事ネタって感じの方が、無事に生き延びられたとき思い出になりそうだし。

 イメージカラーっていうのもオプションで設定できるのか。一応恋愛ものだから、ピンクでいいや。ビビットな感じのがかわいいかも。


 あまり気負わずに自分と彼とのこれまでをざっと綴り、簡単に推敲して、「今すぐ公開する」ボタンをかちりと押した。あまり感じたことのない高揚を覚えたのも束の間、昼間の北見くんとのやりとりをまた思いだして気分が落ちた。

 これ、反応とか来るのかな。

 不安を抱きながら柚子茶を淹れ直していると、机の上でスマホがじじっと振動した。そうだ、スマホにもカクヨムのアプリを入れてたんだっけ。

 見ると、作品フォロー通知が2件連続で届いていた。えっ、と思わず声が出た。ぽつぽつとだけれどpvが伸び、応援の❤︎も届く。胸が踊った。

 通知が止まってしまうのが怖くなり、わたしは消灯しベッドに潜りこんだ。朝が来るのが楽しみなのは、久しぶりのことだった。

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