page1:わたしの非日常

 PCを立ち上げると、その静かな起動音にわたしはわずかな癒しを得た。

 登録したきり長いことアクセスしていなかった、カクヨムというサイトを開く。

 アドレスとパスワードを思いだすのに少し難儀して、ログインまでに1分ほど要した。


 造園やエクステリア専門の設計事務所で簡単なOA事務をしていたわたしは、新型コロナウイルスの影響で無期限の休暇を言い渡されてしまった。

 いずれ休業給付金というのが出るらしいけれど、いったいいつどの程度の額を支給されるのかについては明確な説明もないままだ。


 正社員の人たちは、リモートワークで勤務を続けるらしい。でもわたしはしがない契約社員だ。

 わたしにしかできない業務というのはない。わたしひとりいなくなっても、会社は回る。その事実に、じわじわと打ちのめされた。

「この先どうなるかわからないし、小岩井こいわいさんは遠慮しないで、もし転職するならしてもいいからね」悪びれた様子もなく人事に言われ、ばたばたと引き継ぎをして、私物を持ち帰ったのが先週のことだ。追い出されたも同然だった。


 待遇が特別いいわけでも、格別なやりがいがあるわけでもないけれど、仕事はわたしの大切な日常の一部だった。行き帰りに電車に揺られる時間さえ愛しかった。それが、突然失われた。

 急に手にした無職の時間を、わたしは持て余した。緊急事態宣言も出て、とにかく外出するなという話だから、帰省もできないし友達にも会えない。ひとり暮らしで、野山を歩き回る以外に大きな趣味もないわたしには、外の世界との間に突然見えないシャッターが降ろされたようなものだった。


 でも、恋人なら別だと思った。一緒にこの状況を打破できると思った。遠距離恋愛中の、わたしの恋人。


 甘い声で電話をかけた。そちらも出勤が任意になったというし、いっそこちらへ来てしまえばいいのにと思った。

 コロナウイルスがいかに危険で注意を要するものかなんて、言われなくてもちゃんと知っている。圧力のかかったマスコミよりもTwitter等のSNSをメインに、利権の絡まない専門家や一般市民が発信している情報を見るようにしている。

 それでもただ、会いたかったのだ。正確には、ただひとこと「会いたい」と言ってほしかったのかもしれない。

 それなのに。


 小説でも書こう。だから、半分やけくそでそう思ったのだ。

 わたしのことを書こう。わたしと、わたしの恋人のことを。ふたりの間にある温かなものが、消えてなくなってしまう前に。私小説ということになるだろうか。

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