第45話 偽物を名乗る者に、それ以外の価値を見出すことは無い
それから、驚くほど穏やかな日々が流れた。
私に誘拐されたリベル様は、怒るでも逃げ出すわけでもなく、書庫にある本を手に取っては淡々と読み進めている。
一日三食きっちり食べるし、夜は一緒のベッドで眠った。
本当に気持ち悪いほどの平穏。
王都の方では、あの【Glacia】が反旗を翻そうと準備しているのが、夢みたい。
「閣下の
今日も今日とて、リベル様は紅茶を片手に読書をしている。
誘拐した手前、気まずくてしばらく遠巻きに様子を見ていたけれど、あまりにもアクションを起こさないからつい声をかけてしまった。
「誰かのおかげで、こうして休暇を得たからな」
パタンと本を閉じ、リベル様が
「びぇ!?」
「……なんだ」
「い、や……こんな些細な会話で、目を向けてくれるなんて、ビックリして……」
「ほう?」
訝しげな顔をするリベル様を見て、「あ、そっか」と私は嘆息する。
全てがリセットされた今、私はまだこのリベル様とたいして話をしていなかったのだ。
またいつものように全てを話さなきゃ。
隠し立てするメリットはないし、何より……
うつむき気味になっていた視線を上げれば、オレンジの瞳とバッチリかち合った。
こんなに話を聞く気があるリベル様は、最初で最後かもしれない。
だから、覚悟を決めるように深呼吸を一つすると、私は切り出した。
「信じられないかもしれませんが、私は既に何度も閣下とお話ししているんです」
………………
…………
……
「話は分かった」
全てを聞き終えたリベル様は、考え込むように顎に手を当てた。
「確かに私の命を救いたいならば、この方法は一つの正解だろうな」
皮肉たっぷりに言われ、思わず頭を下げる。
「ご、ごめんなさい」
「何故謝る。誇れば良いだろう?」
「荷が重いです、閣下!」
いくら私でもリベル様を誘拐しといて勝ち誇れるほど、肝は据わっていなかった。というより、推しが毎日目の前にいるドキドキで心臓が爆発しそうというか、緊張でご飯も喉を通らないというか……
「まあ良い。それで先日貴女が私の問いに答えられなかったのは、貴女が自身の事をよく覚えていないからだと」
「あ、はい……」
まさか一番触れられたく無いところにツッコまれるとは思わず、私はたじろいでしまった。
私はいったい誰なんでしょうね。なんて、誤魔化してしまった事を、本当はずっと気に病んでいる。だってそのせいで、私はどんな顔してリベル様と接すれば良いか分からなかったんだ。
レヴィーアとして? 偽物として? それとも私として? そうやって悩んでいるうちに、気がつけば三日くらい過ぎていた。
良い加減覚悟を決めなくちゃ。
「私が偽物のレヴィーア・フローディアなのは分かっています。閣下の質問にも、そう答えるべきでした。しかし、前回閣下に偽物と呼ばれ、扱われたのがどうしてもショックで……」
「一つ、貴女にたずねよう」
私の懺悔を遮るように、リベル様が問いかけてきた。
「私が貴女を偽物として扱ったと言うが、それは貴女が偽物を名乗り、偽物として振る舞ったからではないか?」
そう言われて、記憶を振り返ってみる。
少しあやふやだから偽物だとハッキリ名乗ったかは定かじゃ無いけど、偽物として振る舞ったのは間違いなかった。
でも、それなら……
「私がレヴィーアを名乗っていたら、レヴィーアだと認めてくれるんですか?」
「さて、それは貴女の振る舞い次第だろう。私は貴女が何を名乗ろうと構わない。だが、偽物を名乗る者に、それ以外の価値を見出すことは無い」
何者としてリベル様の前に立つか。
私はちゃんと考えるべきだと、言外に言われた気がした。
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