第46話 拝啓、次のレヴィーア・フローディアへ

 何者としてリベル様の前に立つべきか。

 この命題を抱えたまま、私はリベル様が読書を嗜む居間を後にした。

 だってすぐには答えなんて出そうになかった。

 ありのままの自分でいたいけど、今までの失敗を考えるとそれが怖いのだ。


「はぁ……」


 最近はなんだか考えてばっかりな気がする……

 そもそも私はなんでレヴィーア・フローディアなんかに成り変わったんだ! どうせならリズきゅんみたいなヒロインになって、順当にリベル様を攻略したい……!!

 って、いやいやいや。私がリズきゅんとか解釈違いだわ……全然萌えない!


「レヴィーア様」

「メイ……」


 余計な妄想をかき消していたら、そばに控えていたメイドのメイリーファが声をかけてきた。

 ご、ごめん。急に手をブンブン振り回したからびっくりさせちゃったよね……


僭越せんえつながら、昔のようにご自室で日記を綴ってみてはいかがでしょうか」

「日記……?」


 いたって冷静な申し出に驚いて聞き返すと、


「はい。レヴィーア様はこの別荘にいらした際、良く息抜きと称して日記を書いてらっしゃいましたので」

「日記? 日記かぁ……」


 記憶を掘り返しても、私自身が日記を書いた過去はない。レヴィーアになる前からそんな習慣はなさそうだし、性格的に始めたとしても三日坊主なんだろうな。

 ……あれ? でもその日記を見れば私が知らないレヴィーアのあれこれが分かるって事じゃ!?


 うまくいけば何かの打開策になるかも!


「ありがとうメイ! 行ってくる!」

「はい、行ってらっしゃいませ」


 ………………

 …………

 ……


「日記、日記……」


 わずかに見えた希望を掴み取るため、早速自室に帰った私はレヴィーアが残したであろう手掛かりを求めて、辺りをひっくり返す。

 日記を保管する場所といえば、本棚か机の引き出しか……と、あった!


 ドレッサーについてる引き出しの中、そこに重厚感のある革張りの分厚い日記帳が入っていた。

 パラパラとめくってみると、日記とは名ばかりで端正な字で綴られている文章はバラバラな日付。

 本当に毎日の習慣ではなく、息抜きとして使っていたのが分かった。


「どれどれ……」


 今日は庭の薔薇が美しく咲いた。

 今日はとても良い天気だった。

 今日は小鳥のさえずりで目が覚めた。


 ページを埋め尽くすのはこんな取り止めの無い日常で、時折挿絵や押し花がある程度。

 リベル様どころか、レヴィーア・フローディアについて情報になりそうなことさえない。


「嘘でしょ!? レヴィーアって本当にただ草花を愛でるだけの女だった訳!? そりゃ空気にもなるよ!! 働けヒキニートッ!!」


 期待をしていた分落胆も大きかった私は、衝動で日記帳を床に叩きつけるべく振り上げた。そこにハラリと、真っ白な封筒が日記の間から抜けて床へと舞う。


「へ?」


 誰かに当てた手紙かな?

 日記を置いて拾った封筒は、ちょっとした厚みがあった。

 

 今まで何の情報も得られなかったけど、これならもしかしたら……


 宛先のない封筒を開け、二つに折られた便箋を広げる。

 


 ——拝啓、次のレヴィーア・フローディアへ



「ヒュッ」


 目についたそんな書き出しに驚いて、私の心臓は止まりかけた。

 一回便箋を畳んで深呼吸。そして、もう一度開ける。


 ——拝啓、次のレヴィーア・フローディアへ


 どれだけ見直しても、この書き出しは変わらない。


 え? 何?? 次のレヴィーア・フローディア?

 レヴィーアって交代制だったの? 世襲制? 私ってレヴィーア何世?

 いや……え? いやいや……


 動揺しすぎて、気づけば私は手紙を持ったまま部屋の中を歩き回っていた。

 

 だって、こんな、こんな事ってある?

 レヴィーアってまったく味気ない日常しか書けない空気令嬢じゃないの?


 たった数枚の紙切れが、手の中でずっしりと『重さ』を帯びた気がした。


 こんなの、読むしかない。

 期待はまた裏切られるかもしれない。だけど、これでレヴィーア・フローディアがただの空気令嬢かどうかが分かるはず!


 一つ、深呼吸をする。


 果たして、そこには期待以上の事が記されていた。



『拝啓、次のレヴィーア・フローディアへ


 貴女がこの手紙を読んでいる時、わたくしはもうこの世にいないのでしょう。


 貴女には話さなくてはならない事が沢山ございますが、まずは私のわがままに付き合わせてしまった事、お詫びさせてください。


 大変申し訳ございませんでした。


 ここまで来るのに、苦労をかけてしまった事でしょう。

 唐突にこのような状況に身を置かれ、戸惑われた事でしょう。

 貴女には全てを知る権利がございます。私には全てを話す義務がございます。

 どうか、この手紙を最後まで読み、貴女にとっての最善を選んでくださいませ。』


 手紙の一枚目を読み終えた私の手が、動揺に震えた。

 これは間違いなく元のレヴィーアが私に当てた手紙。ということは、彼女はこうなる事をあらかじめ知っていた事になる。


「なんで……」


 つきない疑問も読み進めれば分かる事だろう。

 はやる心を抑え、私は手紙の続きに視線を落とした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る