第40話 取引させてください

「どうか、わたくしとの婚約を破棄してくださいませ」


 ループの始め、思い詰めた私はリベル様に婚約破棄を申し出た。

 こんな突然の申し出なのに、リベル様はチラリと私を一瞥し「分かった」と告げる。

 そこには一切の動揺や戸惑いはなかった。


「では後日書類をまとめ、挨拶に伺おう」


 私たちは大貴族同士の正式な契約で婚約していたから、物語のように口で破棄と言えば終わりになる訳ではないらしい。

 でも……


「来て、くださるのですね」


 恨みがましい言葉を、口からいてしまった。

 リベル様は忙しいから、私でも家族でも呼びつければ良いのにと。

 私がまだ偽物だとバレていないから? これが本来のリベル様とレヴィーアの距離感だった?


「レヴィーア・フローディア」


 どんどんマイナスの方向に転がる私の思考を止めたのは、そんなリベル様の一言だった。


「今までご苦労」


 ヒュッと、空気をうまく吸い込めなかった喉が鳴る。

 一歩、後ずさろうとした足はもつれ、あの時と同じように尻餅をつく。


 ——今までご苦労。


 それは私にとって、終わりを告げる言葉だ。

 リベル様に突き放され、置いていかれる言葉だ。


 その言葉を最後に、無数の弓矢が降り注ぐ光景が脳裏に焼き付いて離れない。


「お見送りしろ」


 震えてうずくまる私など関係ないと、温度のない声が控えていた衛兵に命令する。

 そこからリベル様とレヴィーアの関係性を推し量ることはできなかった。


 *


 ふら、ふらり。

 帰宅の馬車を断って、私は城下町を歩いていた。


 終わった……終わってしまった……リベル様との関係が。

 自分で言い出しておきながら、今更その事実が重くのしかかってくる。


「良いの……これで、良いの……」


 だって、だって、リベル様なんか嫌いだし。

 ずっと冷たいし、無愛想だし、何考えてるか分からないし。

 散々私の好意を利用したし、信用得られたってぬか喜びさせられたし、最後の最後で突き放したし……


 あの時矢が掠めた右腕を押さえる。

 リセットされたのだからそこに傷は当然ない。

 だけどあの痛みはとても忘れられそうになかった。


「……リベル様」


 私は逃げ出した。

 リベル様から。王城から。物語から。

 このまま家に帰って引きこもっていれば、あんな痛い思いはしなくて済むのだろう。

 でも、リベル様は……?


 今回もきっと死ぬ。

 首だけになって、あの断頭台に晒される。


「しょうがないじゃん……」


 私には何もできない。

 私ごときが何したって、リベル様を変えられない。


 ——本当に?

『胸に手を当て、考えろ。貴様は本当に行動をしたのか?』


「……私頑張ったもん」


 リベル様に認めてもらおうと奮闘したし、正史に従ってみたし、勇気を出して告発もした。

 ほら、こんなに色々やったじゃん。


『ただ選択をしただけではないのか?』


 違う、違うっ!

 やれる事はやった、どうにもならなかった!

 私だけの力じゃ何もできなかった!


『貴様の願いの為、他の何をも踏みにじり、全力を尽くしたと言えるのか?』


 何それ、じゃあどうしたら良かったの?

 もっとわがままに振る舞えば良かった?

 もっと暴れれば良かった?

 私はただ、リベル様を助けたかっただけなのに!

 ただ生き残って欲しかっただけなのに!

 なんで……


「いらっしゃませ! 当店の果物はどれも甘くて美味しいですよ。お一つどうですか?」

「……あっ」


 先日聞いたのと一字一句違わない台詞。耳馴染みのある声。爽やかな青年の笑顔。

 ここはサーカスへ続く大通り。沢山の露天が並ぶ一角。

 王城からそこそこ距離があるはずなのに、自問自答を繰り返すうちにこんなところまで来てしまっていた。


 ゲームで何度も見た破滅をもたらす『Glacia』の人。

 ゲームでは描写されていないこの露店。


 そうだ、何かを変えるにはちょうど良いチャンスかもしれない……なんて、この時私が少しでも冷静だったら、こんな選択はしなかっただろう。

 だけど「言葉ではなく行動で示せ」というリベル様の言葉とどうにでもなれというヤケクソ感に後押しされて、私は口を開いた。


「王城の情報を持っています。取引させてください」

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