第41話 このお客さんに果物を売ってあげて

「申し訳ございません、お客さま。おっしゃる意味が分かりません」


 勢いに任せて交渉なんて言い出した私に、出店の青年はそう答えた。

 一瞬人違いかと怯みかけたけど、そんなはずはないと思いとどまる。

 反乱軍の人達は魔法などで変装してから出歩くため、見た目は全く違うけど、この声を私が聞き間違えるはずもない。

 だって初めてゲームで見た時は、「何で攻略対象じゃないの!?」って叫んだくらい推している声だったから!

 でも、私はこのキャラが実は苦手だったりする。だってこのキャラには色々と問題があるから。


「……交渉がしたいんです。お願いします」

「申し訳ございません、お客さま。おっしゃる意味が分かりません」


 うん、取り付く島がない……

 ロボットのように一言一句違わない返答。

 人好きのする完璧な笑顔。

 本当に違うなら、少しは戸惑っても良いはずなのに、それが全くない。

 もうこのリアクションだけで、90%くらいだった疑惑が100%の確信に変わった。


「あの、演技が下手だって、言われたことありません?」

「申し訳ございません、お客さま。おっしゃる意味が分かりません」

「引くほど応用力皆無!?」

「申し訳ございません、お客さま。おっしゃる意味が分かりません」

「もういいから、誰か他の人はいませんか!?」


 このままだと埒があかなくて、思わず叫んでしまう。

 ここで引き返すなんて選択肢は、私に無かった。

 だって革命軍の事知ってそうな素振り見せといて立ち去ったら、危険分子として背後からグサってられるちゃうかもしれないし。

 いや、私が知ってるこのキャラなら殺る! 絶対に殺る!


「ちょっと、ポンコツはお客さんの対応もまともに出来ないの?」

「姉貴!」


 いつの間に来ていたのだろう。

 真っ黒のローブを目深に被った女性が、私のすぐ隣に立っていた。彼女は私に目もくれず、冷たい声で店員をなじる。


「だからあんたなんかにこの仕事任せるの反対だったのよ。マニュアル対応しかできない奴なんていらないわ、このポンコツ!」

「ゴメンね」

「心にもない謝罪をしないで。不愉快よ」

「うん、ゴメン」

「もう良い」


 この女性も革命軍の一人なのだろう。

 今のやり取りだけで、なんとなく二人の関係が見えてくる。


「このお客さんに果物を売ってあげて」


 話が私の件に移り、ビクッと身構える。

 店員さんが屋台の果物を選び始めたのを確認した女性は、試すような視線を私に向け、


「君も分かってくれるよね?」

「え……」


 何を? なんて疑問は、周囲の反応ですぐに晴れた。

 ざわざわと、道行く人たちが何事かと遠巻きにこちらを見ている……

 もしかして、人通りの多い路頭で騒いだせいで、私めちゃくちゃ目立ってる?

 そういえばリベル様には監視魔法があるし、こんな白昼堂々にアクションなんて起こせる訳ないか……


「あ、と……その、私どうしても一番甘い奴をお父様にあげたくて……選んでくれてありがとうございます!」


 苦しすぎる言い訳。

 だけど状況を把握していない野次馬達は、「どういたしまして」と笑顔でいくつかの果物が入った袋を手渡してきた店員を見て、離れて行った。


「今夜、部屋で一人になったら窓を開けて待っていなさい」


 耳元にそんな一言を残し、女性の姿も消える。


「……ありがとうございます」


 残された私は革命軍と接触できる緊張感を胸に、帰路へついた。

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