第33話 明日、執務室へ

「えっと、リ……ゴメンナサイっ」


 リベル様と続けようとした言葉は、ゴミを見るような目を向けられたことで飲み込むハメになった。

 そうだよね、悪役令嬢もので許可なしに名前呼ぶのって失礼だって見たことある気がする!

 今まで何もツッコまれなかったから大丈夫だと思ってたけど、ただ興味なしと捨て置かれただけなのかもしれない……


「その、なんとお呼びすれば……」

「本当に分からないのか?」

「……ちょっと考えさせてください!」


 分からないはずないだろうって顔に書かれたリベル様を前にして、分かりませんなんてとてもじゃないけど言えなかった。

 というより、実際今までのことを思い出せば分かるはずだよね?


 えっと、他の人たちはリベル様のことなんて呼んでたっけ……


 執務室の前を守る守衛さんは、手を貸してくれた侍女長は、リベル様にお茶を運んだ侍女さんはなんと呼んでいたっけ。


「あっ、閣下?」

「…………はあ」


 盛大なため息をつかれたけど、どうやらこれは正解みたい!


「閣下……閣下……」


 自分でもビックリするくらい『閣下』呼びがしっくりくる。

 そうだよね普通は閣下だよね。逆になんでリベル様って呼んでたのか不思議になるくらい。


 ……ファンだからリベル様をリベル様と呼ぶのは不思議じゃないか。


「レヴィーア・フローディアは慎ましく分別のある女性だった。その姿を借りる以上、貴女にもそれ相応の振る舞いを心がけていただきたい」

「はい閣下!」


 あまり日常的に使うことがない『閣下』呼びに、ちょっとテンションが上がる私がいる。


「では、閣下! サーカスで視察した結果を報告したいと思います!」


 敬礼の真似事をしつつ、私は本来の目的を果たそうとした。

 もう一人のリベル様に出会ったおかげで大きく脱線していたけれど、このために私はここに来たのだ。

 でも、


「待て、それを聞くのは『私』ではない。明日、執務室へ」


 意気揚々と報告しようとした私を、リベル様は遮った。

 どうやら、このリベル様は何にも関わる気がないらしい。


「あ、はい。じゃあ今日はもう少し今の閣下とお話しして良いですか?」


 このまま帰っても良かったけど、このリベル様と次いつ会えるか分からない。そう思うとなんだか名残惜しくて、ついこんな提案をしてしまった。


「好きにしろ」

「はい!」


 思いの外快い返事が返ってきて、私は顔が勝手にニヤケるのを感じながらリベル様の隣に座った。

 だけど、この行動を私はたった五分で後悔することになる。


「貴女の言動は品性に欠ける」


 その一言から、気づけば公爵令嬢レヴィーア・フローディアとしての正しい言葉遣い、振る舞い講座が始まっていた。


「まず公の場での一人称は、わたくしにしろ」

「うっ……」

「返事は」

「はいっ!」

「次に——」


 ううう、うあああああああああ勘弁してぇえええええあええええ!!!!!!


 てれれれってれー

 私は レヴィーア・フローディアに 対する 理解度が 上がった!

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