第27話 いらっしゃいませ!

「お前のせいだからなっ!」

「何をおっしゃいますか、坊ちゃんがフラフラしたせいでしょう」

「うるさいっ!」


 私と陛下は現在、口喧嘩をしながらサーカステントが張られている場所へと向かっていた。リズきゅんの姿はどこにもない。

 だってはぐれてしまったから……


 うっうっ……リズきゅん、私のリズきゅん! 二人で楽しく城下町をウィンドウショッピングした後、サーカスデートする予定だったのに!

 なんで、どうしてこんな事に……


「きびきび歩けよ!」

「あまり怒鳴らないでください。お下品に見えますよー」

「ああっ、もうなんなんだお前はっ!!」

「かっかするという表現はまさに坊ちゃんのためにある言葉ですね」

「何それ喧嘩売ってる?!」

「まさか、感心しているんですよ」

「リズーどこ行ったんだー! リズー!!」


 目の前で変装のために黒く染まった髪が、怒りでぴょこぴょこ跳ねている。

 ……許せ小僧。癒しがいない今、あんたの神経を逆撫でする事しか楽しみがないんです。


 そもそもリズきゅんとはぐれたのは、本当に本当で陛下のせいなんだよね。

 目に映るもの全てが新鮮なのは分かるけどさ、あれは何? これは何? ってあちこちふらふらして、人の多い方へと突っ込んでいけば、一人くらいはぐれちゃうのも無理ない話。

 私にも立場ってものがあるから嫌々陛下にくっついていた結果、リズきゅんだけが何処かに行っちゃった……


 出かける前に「まさかそんな事は起こらないだろうとは思うけど、もし万が一はぐれちゃったりした時はサーカスのテント前集合しましょう!」って提案した私はまさにファインプレイだったね! うん。


「あれ、坊ちゃん? 何故立ち止まってるんですか?」

「……疲れた」

「え」

「もう疲れたって言ってんだよ! リズもいないし、つまんない」

「ええええええ!?」


 急に立ち止まるから何事かと思えばこの様である。


「サーカステントまで行かないとリズちゃんと合流できませんよ!」

「じゃあお前が行って連れて来てよ」

「いやいや、バカ言わないでください! 坊ちゃんを一人にできるわけないでしょう?」

「とにかく! 僕はもう一歩も動かないからな!」


 ああああああもうなんなんだこのクソガキはっ!!


 頭を掻きむしりながら叫びたい衝動をグッと堪え、握った拳を震わせるにとどめる。

 これでもお忍び中なのだ。大騒ぎして衆目を集めるわけにはいかない。


 頑として動かない構えをとる陛下は、休日のショッピングセンターで見かける駄々っ子を思い出させた。

 子どもならオモチャかお菓子を買い与えれば機嫌を直すイメージだけど……


 私はサッと周囲を見回して、目についた屋台を指差して提案する。


「そうだ、坊ちゃん! あそこの美味しそうなフルーツ買って来ますよ! 甘い物食べれば疲れも吹っ飛びますしね? ね??」


 サーカスへ続く大通り。

 沢山の露天商が並ぶ一角に、その出店はあった。


「いらっしゃませ! 当店の果物はどれも甘くて美味しいですよ。お一つどうですか?」


 店頭に立っていた爽やか好青年が、にっこり笑いかけてくる。


「………嘘」

「ん? 嘘じゃありませんよ。試食もできますから——」


 動揺しすぎて青年の言葉が全く耳に入らない。


 この人がなんでここに?


 聞き覚えのある声に見覚えのある顔。

 当たり前だ。だって私はゲームでなんどもこの人に会っているんだから。


「ねぇ、何ぼーとしてんのさ」


 様子のおかしい私に気づいて、陛下が怪訝そうに小突いてきた。


「ご、ごめんなさい。ちょっと無理かも……」


 戸惑う小さな手を掴んで、逃げるように走り出す。


「ちょっと! ねぇ、放して! 放してってば!!」


 陛下の言葉でも、今ばかりは聞いてやれなかった。


 こんなとこで出会って良い相手じゃないでしょ……なんで、なんで!


 どんな運命の悪戯か。

 偶然出会ってしまったのは、革命を起こし、リベル様を死へ追いやる『Glacia』の一人だったのだ。

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