第24話 リベル様って他人の事を全く見ていないようで、実はめちゃくちゃ良く見ているんですね……

「嘘でしょリベル様!? なんでそんな事……」


 そんな事するなんて思わなくて、リベル様を凝視する。だって私がお茶を淹れた時でさえ、無視するだけでひっくり返したりはしなかったのに。


「か、閣下……どうして……」


 唐突に解雇を言い渡された侍女さんは、今にも泣きそうな様子で両手を口元に当てた。よく見れば肩も少し震えている。


「貴様、二度言わせるつもりか?」

「ひっ……しつれい、しました……」


 明確に『出て行け』と怒気を滲ませるリベル様に、怯えた侍女さんが部屋から駆け出して行く。

 私はそのやり取りを呆然と見守るしかなくて……


「不満か?」

「えっ」

「貴様は思考が顔に出過ぎている。人前に出る気があるなら少しは隠す努力をしたまえ」


 自覚は大いにある。でも、


「だって、紅茶に罪はないのに……」


 見惚れるほど鮮やかな手つきで淹れられた紅茶。いくら気に入らないからって、捨てなくても良いじゃんって思ってしまう。

 いらないなら私が飲みたいくらいだよ。

 

「ふん。なら今から貴様が飲むか?」


 そう言って、シミになった絨毯を指さす。


 もしや、これは床を舐めろって事ですかリベル様!! 今日はご褒美が多い日ですねリベル様!! ご命令なら床でも靴でも喜んで舐めますよリベル様!!


 ゴクリ。生唾を飲み込み、一歩、二歩とシミへ近づく。


「安心しろ。貴様が死んだら死体はきちんとフローディア家に帰してやる」

「エ、ナンダッテ」

「その紅茶。毒があるぞ」

 

 その紅茶毒があるぞ? この紅茶毒があるの? この紅茶……


 床のシミを見て、冷めた目をするリベル様を見る。


「えぇええぇえええぇええええぇえええええ!?」


 つまりさっきの侍女さんはリベル様を暗殺しようとしてたって事!? それなら追い出すだけって生ぬるすぎるんでは……

 というか、


「よく毒入りだって分かりましたね」

「見れば分かる」

「見ればって……」


 ガン見してた私は何も分かりませんでしたが?

 そもそもリベル様はずっと書類を見てて、侍女さんの方を一瞥もしませんでしたよね?


「彼女の動きは平時と比べて精彩に欠けていた。表情も固く、緊張していた事がうかがえ……なんだその顔は」

「え、あっ、だって教えてくれるとは思わなかったので」


 どうせ何も答えられずにスルーされるんだろうなーとか思っていたから、相当変な顔をしていたらしい。

 リベル様が珍しく書類から顔を上げて私の方を見ていた。


「貴様に教えたところで害にはならん」

「そのちょっと傲慢というか、強者の余裕みたいなところも素敵ですリベル様」

「ぬかせ」


 サラサラとリベル様の羽ペンが、再び紙面を踊る。

 

 今まで心に秘めていた賛辞を口にしてみたけど、さらっと流された。いや、ここは受け止めてくれたと解釈しても良いかもしれない。

 だってこういうオタクの感想みたいなの言ったら絶対引かれると思ってたから、ちょっと安心した。というか今後は賛辞をどんどん言っていくスタイルにしますね! リベル様!


「緊張、高揚、罪悪感……常と異なる事をすれば、これらの感情は無意識に所作へと現れる。日頃から観察していれば、些細な異変にも気づけるものだ。意識した程度でこれらを消せる者は、初めから自身をコントロールできている」

「リベル様って他人の事を全く見ていないようで、実はめちゃくちゃ良く見ているんですね……」

「当然だ。視覚は大切な情報源となる」


 今も侍女さんがお茶を淹れていた時も、両目は机に向いている。それでも周りを良く『見ている』事ができるのは、私の記憶が正しければリベル様の光魔法の力だったはず。


「それで、さっきの侍女さんは他にどんなボロを?」


 せっかくリベル様が色々答えてくれるから、調子に乗ってもう少し質問をしてみた。だってどのタイミングで毒を入れたかとか気になるし。

 そう思って私はリベル様の言葉を待ったけど、続きの言葉はいつまでも来ない。


「……もしかして、さっきの理由だけで?」

「不服か」

「だって今のって毒を盛ったとは限りませんよね? ちょっと体調が悪かっただけかもしれませんし……」

「だから追放程度で許してやっただろう。疑わしきは排除せよ。それが俺様の信念だ」


 それは、ちょっと横暴ですね?


 でもまさか、リベル様とちゃんと会話ができる日が来るとは思わなかった。この事実が、今までとは違う事を私に強く意識させた。

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