第12話 我、リベル様の婚約者ぞ?
「おかえりなさいませご主人様☆」
そういった場所でしか見た事がない黒を基調にしたエプロンドレスを身につけて、私は鏡の前に立っていた。
ここは使用人休憩室。周囲に人はいないため、ふざけて言ったさっきのセリフにもツッコミは入らなかった。
「それにしてもレヴィーアって、意外とポテンシャル高いじゃんコレ……!」
ぽよぽよと自分の胸を触りながら感激する。
オタクだった私はコスプレもちょっとだけ経験した事がある訳なんだが、頑張って化粧すればギリギリ見れなくもない顔は良いとして、一番絶望したのは胸である。
セクシーで可愛くて大好きだったキャラクター。少しでも似せようと夜なべしてコスチュームを作り、動画で化粧を研究し、だけど越えられないオッパイの壁……どんなに詰めてもささやかなものはささやかなまま。そして無理して詰めれば段々と崩れていく形……ゔっ……
「フローディア様、お支度の調子は如何ですか」
「はーい! バッチリです」
ノックに続いて、部屋の外から侍女長の声が聞こえてきた。
庭園で侍女さんを捕まえた私は、侍女長の所まで案内させ身分を笠に着て侍女に変装させてもらっている。これでも公爵令嬢だからね!
「フローディア様……エプロンが曲がっていらっしゃいますよ」
休憩室から出た私を見て、侍女長がエプロンの紐を結び直してくれる。
「ありがとうございます!」
どうして良い年した私が侍女のコスプレなんてしているのかと言うと、それはある作戦を実行するためだったりする。
そう、名付けて『王様の居場所が分からないなら、ヒロインちゃんに近づけば良いじゃなーい』作戦!
ヒロインちゃんならゲームの視点主だから物語の進行度からどの辺にいそうか予測できるし、王様と懇意にしているヒロインちゃんなら、知り合えば王様に合わせてくれるかもしれないと思った訳だ。しかも公爵令嬢ではなく、侍女としてならあのクソガキ王も警戒しないだろうし!
「私の無茶なお願いを聞いてくれて感謝します、侍女長」
「いえ。しかしあまり羽目を外され過ぎませぬよう……」
「もちろん侍女の皆さんには迷惑をかけないようにしますから!」
実はこの作戦、レヴィーアの顔が売れていたら成立しなかっただろう。例え侍女の格好をしていたとしても、すぐに正体がバレて大騒ぎになってしまうはず。
だけどこのレヴィーアはなんと! リベル様の婚約者でありながら! 真面目に顔を周囲に知られていない!!
庭園で話しかけてきた侍女さんの反応からもしかしてとは思った。だけど城を支える侍女さんも彼女に連れられて移動する道中すれ違った人たちも、一様に「誰だ?」みたいな表情で私を見てくるんだから、ビックリしたよね。この侍女長さえも、私が名乗って初めてピンと来たくらいだった。
いくらなんでも空気すぎるよレヴィーア! 我、リベル様の婚約者ぞ?
まあ、だけどそのおかげで私はただの新米侍女になれるんだけどね。
「フローディア様。リズでしたら最後の荷物を取りに、使用人寮に行くと思いますよ」
「えっ、なんで私がリズちゃんを探していると分かったんですか!?」
「閣下が投獄された件で、何か思う事があるのでしょう?」
「バレてる!?」
侍女長マリア・ガーネット、御歳五十歳。
彼女はイタズラっ子を見守る様な優しい顔で私に微笑んだ。
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