第6話 私に奴隷の婚約者は不要だな

「貴様は誰だ」


 その質問はちょっと核心を突かれすぎて、すぐには返答できなかった。


 そもそも異世界転生物って、変わったなって思われても正体を疑うなんて展開なかったじゃん! いや、世の中にはあるのかもしれないけど、私は見たことなかったし、本当は中身違う人間なんですって罪悪感を覚えるのが王道ってもんじゃないの!? そして相手が気を許して笑顔を見せてくれるたびに、真実を言うべきか悩む……そういうのを私は期待していた。それなのに、それなのにっ!


「黙秘が貴様の答えか?」

「ち、違いますっ!」


 どどど、どうしよう!? 

 即答できなかった時点でなんかもう手遅れな気がしないでもないけど、だからと言って『実は魂だけ別人なんです』なんて言ったら『頭沸いてんのか?』って思われるじゃん。知ってる!


「そ、その、私にはリベル様の仰る事がよく分かりませんわ。どう見ても貴方様の婚約者、レヴィーアではありませんか。おほほほほ……」

「ほう? ではここ数日の奇行も?」

「私も良い歳ですから、そろそろこの婚約という関係も次のステップに進めたいな〜なんて」

 

 全てはお見通しとばかりに、意地の悪い笑みを浮かべたリベル様に対して、私の背中は冷や汗でびっしょりになっていた。

 リベル様の悪役らしい笑い方は正直ゾクゾクしちゃうほど素敵なんだけど、関係ない立場で思う存分見たかったというか……リベル様に詰問されるのって、想像以上に圧があってめちゃくちゃ怖い!


 私は怪しいレヴィーアじゃありませんよ〜敵意はありませんよ〜ってことを示ふために浮かべた笑顔は、引きつっていない自信がなかった。


「そこまで言うなら貴様の望み通りにしてやろう」

「えっ!?」


 酷薄な笑みから一転。無表情になったリベル様が言う。


「本日をもって貴様との婚約を破棄する」

「えぇええぇえええ!?」

「良かったな、貴様の望む次のステップだ」

「次ってそういう事じゃありません!」

 

 私の悲痛な叫びも虚しく、リベル様はすでに視線を書類に戻していた。話は終わりだと態度で示される。


「なんで……ナンデ……」


 婚約破棄イベントってエンディングの一週間前じゃなかったの? 三ヶ月早いですリベル様!

 そりゃあちょっとはしゃぎ過ぎたかな? って思わないでもないけど、だからって、そんなぁ〜


「ただリベル様に尽くしたいだけなのに……!」

「私に奴隷の婚約者は不要だな」

「奴隷って!」


 つまり鎖に繋がれて、ボロボロになるまでこき使われて最後にはポイって捨てられるんでしょ!? しかも躾と称してリベル様に罵られたり、鞭で打たれたり……


「……良いかも」

「つまみ出せ」

「はっ!」


 こうしていつもお世話になっている衛兵さんに、今日も私はお家へと送り返された。



 夜。

 私はふかふかのベッドでゴロゴロしながら、明日からどうするか考えた。

 開始一週間なのに、まさかのまさかの婚約破棄! そりゃあ確かに調子には乗ったよ? でもオタク女子として推しに色々したくなっちゃうのは仕方ないと言うか本能というか……


「うわぁあぁああぁあああん!!! リベル様のばかばかばか好き好き大好きもげちゃう目がもげちゃうぅひぃいいいー!!」


 ぐすぐす。

 今日までは婚約者という立場を利用してリベル様の執務室に通ってたけど、明日からはきっと無理だよなあ……

 どーしよっ! リベル様に会えなくなるなんて嫌すぎる! 

 あと、このままだとリベル様が処刑されちゃう! なんとかしてそんな未来を回避したいって思うけど、何したら良いか分からないし、正直手遅れすぎてもうどうしようもないんじゃ……


「うがぁあぁああぁあああ!!」


 頭を抱えて叫んでみる。

 現状を打破する方法なんて見えてこないし、とりあえず今日は寝て明日行動してみるしかないのかな?


 コン、コン。


 その時、誰かが私の部屋の扉を叩いた。


「……メイ?」


 呼びかけに返事はなかった。


「えーと、夜なのに騒いじゃってごめんなさい!」


 抗議かなと思って、謝ってみたけどやっぱり返事はない。

 

 え、どうしよう……


 ノックされたと思ったけど気のせい?

 しばらく待ってみたけれど、誰かが入ってくることもなければ、返事が返ってくるわけでもない。


「嘘でしょ、ホラーイベント!?」

 

 どうせ聞き間違えだろうと片付けるのは簡単だったけど、どうしても気になったから私は様子を見に行くことにした。

 いや、なんかいたら困るし怖いけどね!


「今ノックした人〜?」


 そっと扉を開けながら、辺りを見回すために体を乗り出す。その瞬間……


 ——ドスっ


「えっ」


 衝撃とともに銀細工のナイフが胸に突き刺さる。


「な、ん……で……」


 急激に下がっていく体温とともに、立っていられなくなった私がその場に崩れ落ちる。視界の端には、静かに立ち去る黒服が見えた。

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