第2話 踏んでくださいリベル様!!!

『悪ノ王国〜破滅の時を君と〜』


 それは、剣と魔法のファンタジー×王宮ものの乙女ゲーム。そしてヒロインも攻略対象も良く死ぬ鬱ゲーでもあった。


 舞台は王城なんだけど、タイトルに『悪ノ王国』ってある通り圧政を敷く暴君が王様で、最終的に民草たみくさに嫌われ過ぎて革命を起こされてしまう。


 そんな中、ヒロインはなんとお城のメイドさんで、ある日偶然王様に気に入られて王の専属メイドになる所から始まる。

 ヒロインがお城の人間だから、当然攻略対象も一人を除き全員王国側で、物語のエンディングで革命が必ず起こるからもう詰みだよね。

 残念ながら全クリした記憶がないから断言はできないけど、今のところハッピーエンドにたどり着けても他の攻略対象の半数は軽く死ぬ。鬱だ。


 因みに、婚約を破棄された日に、お城で見かけた金髪の少女がヒロインで銀髪の少年が王様。茶髪の騎士と赤髪の侍女じじょは攻略対象だったりする。


 そしてこのゲームに、レヴィーア・フローディアなんて名前のキャラは登場しない。

「そういえばリベル様ルートで、一言だけ触れていたような……?」程度の扱いである。空気だ……

 空気だからこそ二十年も放置されていたんだろうけどね! 転生先考えて!!! 



「あの、レヴィーア様……」


 鏡の前で百面相を始めた私を心配して、メイが声をかけてきた。


「あ、うふふ……ごめんなさいね」


 私なりに精一杯貴族らしく返事してみたら、何故か残念なものを見る様な目を向けられた。


「もう暫く横になってくださいませ。まだお熱が下がりきっていらっしゃらないのでしょう?」

「げふんげふん、身体はもう大丈夫っていうか……そうだ、お城! リベル様に会わなくちゃ!」


 なんか婚約破棄されちゃったけど、推しがそこにいるなんて状況は早々ない。会わなきゃ損ってものだ。

 破棄された件について直談判ってていで、ご尊顔だけでも拝みたい! 


「メイ、えっと馬車を手配して! そして今すぐお城へ——」

「レヴィーア様……」


 私のセリフにかぶせる様に、メイが震える声で名前を呼んだ。その表情は沈痛で、聞かなくても何かがあった事は伝わってくる。


 え、待って。婚約破棄したついでに私出禁にされた? 

 それともリベル様が新しい婚約者を発表? 


 いやいや、ゲームにそんなシーンはなかった。ゲームでリベル様がくっつく相手なんてヒロインしかいないし、それだって……


「あっ」


 そこまで考えて、私は一つの可能性に気がついた。

 それは外れていて欲しい可能性。でも、これしかないという確信も私の中にはあった。


「今日、何月何日?」


 恐る恐るメイに訊ねる。

 告げられた日付は——



 革命が終わり、処刑イベントが実行されるゲームのエンディングに当たる日だった。



 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



 私は走った。それはもう死ぬ気で走った。

 処刑が行われるという街の広場に向かって、周りの制止も振り切って。


 リベル・ディクター。

 それはレヴィーアの婚約者だった男。

 そして破滅したこの国の宰相にして、全ての元凶にあたる黒幕キャラ。

 乙女ゲーム『悪ノ王国』において、リベル様は私の最推しキャラではあるけれど、それはもう救いようのない極悪人だった。


 彼は国を我がものとするため、賢王と称えられていた先代国王を謀殺。そしてまだ幼い王太子を国王に添えて、背後から好き勝手に操った。

 まず自分にとって不都合となる臣下に濡れ衣を着せ、処刑もしくは追放。国の悪口を言う者は厳罰に処し、反乱の兆しでも見せようものなら一族郎党皆殺しはデフォとして、酷い時は村ごと焼き払う事もあった。

 その他にも重税を課したり、傀儡の王様が知恵を付けない様に成長を阻害する毒を盛っていたり、血税を使って無駄に絢爛豪華なパーティを開いたり……悪事を並べたらキリがない。


 実際他の攻略キャラのルートではリベル様をラスボスとして、しぶと過ぎる彼をなんとか追い詰めて革命の日を迎える事がハッピーエンドだった。

 初めからリベル様推しじゃなかった私も、殺されて何周もやり直してこのエンディングを見れた時、スタンディングオベーションをして赤飯を炊いたものだ。


 まあ、その後リベル様ルートをプレイしたらコロっと落ちたんだけどね!! 

 今ではあのゴミを見るような目と冷たい声の大ファンだよ! 踏んでっ!! 


「はぁ……は、ぁ……」


 鍛えていないお嬢様の身体で、城下町の貴族街から広場まで走るのは流石に辛かった。息切れもヤバい。


 でも、たどり着いた! 


 無数の野次馬が集まる王都の広場。

 革命軍によって捕らえられた国王の処刑場に、全国から人々が集まって歓喜の声を上げていた。

 どれほど嫌われていたのかよく分かる光景だ。


 だが、王様なんてどうでも良い! 

 私が探しているのはただ一人。


「……リベル様!!」


 あのプラチナブロンドの頭を探す。

 あのモノクルを掛けた冷たい視線を探す。

 あの軍服に白マントを羽織った様な姿を探す。


 なのに、見つけたのは——


「生首にな"っでい"るぅううぅううう!?」


 晒し台に並べられた、既に物言わぬリベル・ディクターという男の頭部だけだった。


「あっ、あぁ……うっ、あ……うぅっあぁああぁあああ!!」


 私は泣いた。婚約破棄の時なんて比じゃないほど泣いた。

 だってあんまりじゃないか! 

 推しのいる世界に転生したかと思ったら、記憶が戻ったのは婚約破棄の瞬間で、しかも次に目が覚めたら推しが死んでいたなんて。


 前世の私はどんな悪事を働いて、こんな仕打ちを受けているんだチクショー!! 

 推しが死んだらオタクは泣くんだよ! ヴァーカ!! 


 崩れ落ちて泣く私から群衆が遠ざかってくれるのを良い事に、私はその場に蹲った。


 リベル・ディクターは悪人で、こうなる事は正史だと私だって分かっている。

 なんならリベル様ルートをプレイしたところで、Good endでヒロインを逃してリベル様は革命軍に捕まり処刑。Happy endで大罪人として絶対服従の呪印を刻まれ、命尽きるまで奴隷が如く国のために働かされるエンドだった。

 命あるだけマシってか? やかましいわ! リベル様だって、幸せになったって良いじゃない!! と、その時は思ったものだ。



 リンゴーン。リンゴーン……


 時計台のベルが鳴り響き、広場に一際大きな歓声が上がる。きっと断頭台に立たされた『王様』が、処刑をされたんだろう。

 でも私にはそんな事どうだって良くて、顔を上げる気力すら湧かない。

 四方八方から聞こえてくる喜びの悲鳴が煩わしくて、ギュッと目を瞑った。

 次の瞬間——


「レヴィーア・フローディア。貴様、そこで何をしている」

「は」


 ゲームで死ぬほどリピートした、厳格な推しの声が目の前から聞こえてきた。

 嘘嘘嘘、なんでリベル様の声が……


 恐る恐る顔を上げる。


「ぎゃっ」


 眩しい。

 顔を上げたら王城の執務室で、しかも死んだはずのリベル様の前だった。

 大窓から差し込む光をバックに、冷ややかな目線で見下ろしてくる執務中の推しがあまりにも眩しい。

 待って顔が良い無理死ぬ。

 怪訝そうな顔でこっち見ないで! 

 さっきまで広場で蹲っていた体勢のままだから、気分は跪いてリベル様に許しを乞う下僕。

 いや、リベル様が望むなら土下座だってなんだってやりますけど!? 


「再度問う。貴様、そこで何をしている」


 そんなの私だって知りたい。

 さっきまで貴方様の生首に泣いてたんだぞこっちは。感情が迷子なんだよ! 


 いつまでも言葉を発さない私に、リベル様はため息を一つ吐くと、近くの衛兵を呼ぼうと口を開く。


「ま、待ってください!」


 私だって何がなんだか分からないけど! 

 てか、全然状況飲み込めないけど!! 

 摘み出される前に一つだけ、言わせて欲しい。


「踏んでくださいっリベル様ッ!!!」


 この時の驚きに目を見開いたリベル様の表情は、ゲームでも見た事がなかった。

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