召喚士VS召喚士2

 ――それは試合開始直後、一瞬の出来事だった。


「行け! キングレックス! 召喚獣を使わねぇなら、お望み通り手脚の一本や二本へし折って後悔させてやれ!」


『グォォオオオオン!』


「【プレイヤー共有スキル:思考加速ターンスイッチ】――見えた。【プレイヤー共有スキル:奇跡の一撃クリティカルヒット】」


「……は?」


 ライトは即座にキングレックスの動きを見極め、その額にあった弱点にナイフを突き刺した。

 キングレックスは断末魔をあげることすらできずに消滅した。

 まごうことなき秒殺である。


「う、ウソだろ……オレのキングレックスが……一瞬でやられ……」


 異常すぎる事態に会場は静まりかえっていた。

 王竜と名高いトップクラスのキングレックスが、召喚獣を使わない召喚士に倒されたのだ。

 天変地異が起こってもあり得ないような状態だ。

 皆、自分の見ているものは幻ではないのかと疑っていた。


「やっぱり、キングレックスはお前に合わないんじゃないか? ブルーノ」


「て、テメェ……舐めたことを言いやがって……。いいぜ、オレ自ら相手をしてやるぜ……!!」


 ブルーノは背負っていた巨大な斧と槍を組み合わせた武器――ハルバートを両手で持ち、少しフラつきながら構えた。

 黄金の全身鎧と合わせて、かなり動きが鈍くなっている。

 どうやら普段から使っている組み合わせではないようだ。


「やれやれ。今のブルーノじゃ、俺に勝てないと思うぞ」


 ライトは残念そうに言い放つと、思考加速すら使わずに走った。

 蠱毒の洞窟で鍛えられた俊敏性により、あっという間にブルーノの懐に入り込む。


「チッ! だが、いくら素早くても無敵の〝宝鎧シュタイアー〟の前じゃ――」


「【プレイヤー共有スキル:奇跡の一撃クリティカルヒット】」


 ライトは小さなナイフで、その無敵らしい鎧をつついた。

 瞬間、全身に装備された鎧はバラバラに砕け散る。

 鎧下に着るモコモコのダブレット姿になってしまったブルーノは、何が起こったのかわからずポカンとしていた。


「そのダサい鎧もお前には合わなかったらしいな」


「……」


 その言葉にブルーノは俯いてしまった。

 表情は怒りでも、悔しさでもない。


「そーかよ、見下しやがって。やっぱり、挑発してもいつも殴ってこなかったのはこういうことかよ……。ずっと、オレをくだらない人間と思ってたんだろ……」


 意外にもそれは寂しさで拗ねた子どものような表情だった。

 ブルーノの胸中は得も言われぬ虚しさが渦を巻いていた。


 そして――ライトと初めて出会ったときのことを思い出していた。

 まだ数歳だった頃。

 同い年の団長と副団長の子どもということで、二人は親に引き合わされた。

 ブルーノから見たライトの印象は、どうというものでもなかった。

 ただのチビで女みたいな顔をしていて、弱そうな奴だな……と。


 それからも城の中で偶然、会うことが多かった。

 ライトはいつも何かの努力をしていた。

 召喚の鍛錬をして、武器の修業をして、魔法の勉強をして、ゲームで戦術を編んで――

 ブルーノには理解できなかった。

 元からブルーノは努力なんてしなくても天性の肉体を持っていて、他もそれなりにこなせていたのもあるのだが、二人は地位ある貴族家庭だ。

 しかも団長と副団長の息子となれば、そんなに頑張らなくても将来は約束されている。

 むしろ、努力しすぎるのはみっともないと取られる。


 最初は遠目から見ていただけだったが、そいつは〝努力家のライト〟として聖女姫殿下に見初められると、ブルーノは怠惰だと周りに比較された。


(なんでオレの方がすごいのに、アイツと比べられて怠惰だと言われなきゃいけねーんだよ……)


 その小さな黒い炎はふつふつと、年月を重ねる度に大きくなっていった。

 無理で無駄な努力で死にそうになっているライトを見ると、イライラしてきたというのもある。

 そのストレスをぶつけるかのようにケンカをふっかけるが――ライトはのらりくらりと躱し続けた。

 ブルーノが一方的に殴ることはあっても、これまで一回も殴り返されたことはない。

 何かわからないモヤモヤが少年の心の中に溜まっていく。


 そして、成人の儀の直前。

 ある人物から、ブルーノとビーチェは提案をされた。

『ライト君が手違いでキングレックスの魔石を受け取るので、召喚できなくて落ち込んだところで魔石を回収してほしい。たぶん、心神喪失で手放さないだろうから強引にでも』――と。


 それを聞いたブルーノとビーチェは、少し手順が違う感じになるも、キングレックスの魔石を奪い取ったのである。

 そのまま自分の方が上だと見せつけるためにキングレックスの召喚を試して、見事に成功してしまった。


 ソフィのことは嫌いではなかったのもあり、ライトから奪い取る形になった。

 これで無駄に努力するだけのアイツより自分の方がすごいと周囲に示せたはずなのだが、なぜか心の中には目の前のソフィより――もう城にいないライトが居座っていた。


「オレがずっとイライラしていたように、テメェもずっと見下してたんだろ……こんなオレを……」


 ライトは強くなった。

 もう届かないほどに強くなってしまった。

 それなら、もう自分が勝っているところなんて何一つない。

 そう自覚してしまっていた。

 寂しい虚しい情けない。

 きっと、ライトの目に映る自分は路傍の石なのだろうと――


「見下してなんかいない」


「……は?」


「合わないキングレックスがブルーノの強さのジャマをしていた。合わない鎧がブルーノの速さをジャマしていた」


「て、テメェは何を……」


「ブルーノは十六年間、ずっと越えるべき壁――ライバルだ」


 ブルーノは初めて、ライトの本心を聞いた気がした。

 嘘偽りない評価。

 矮小で卑怯な自分に向けられる、真っ直ぐで純粋な熱い瞳。

 これまでの思い違いに気付き、声が震えそうになるが、同時に感じたことのない熱いモノがこみ上げてきた。


「へっ、オレなんかをそう思って認めてくれていたのかよ……」


「当たり前だろ。本気のブルーノを倒さなきゃ、俺は前に進めない」


 ブルーノも真っ直ぐ見つめ返し、鼻で笑った。


「はんっ、それは間違いだ。テメェだけじゃなく、オレも前に進めねぇッ!」


 ブルーノはハルバートを構えて、一瞬で跳躍――ライトに向かって凄まじい速さで振り下ろしていた。

 ライトはそれを寸前で回避する。


「そう、それだブルーノ!」


 一見、最初はライトの方が優勢に見えていたのだが、戦局は一転した。

 先ほどの一撃も下手にナイフで受けていたら、ライトの腕ごとへし折られていただろう。


「パワーとスピード、神から与えられた天性の肉体! 本気のブルーノだ!」


「そういえば、テメェと本気でやり合うのは初めてだな……! ライトォ!!」


 大ぶりにならざるを得ないハルバードの隙を突いて、ライトがナイフで攻撃する。

 しかし、尋常ではないブルーノの切り返しによって、かすり傷を与えるので精一杯だ。


「おら、遠慮せずもっと攻めてこいよ!」


 ブルーノの挑発通りに攻めていくと、肉を切ることはできてもライトの骨が断たれてしまうだろう。

 慢心していないブルーノは隙がないのか、【プレイヤー共有スキル:奇跡の一撃クリティカルヒット】を与えられる部分も見えない。

 攻防一体の戦いが続く。


「やっぱり、強いな。ブルーノ」


「テメェもちったぁマシになったじゃねーか、ライト!」


 既にライトは【プレイヤー共有スキル:思考加速ターンスイッチ】も使っているのだが、それでも決め手に欠けていた。

 動きを予測しても、どうすることもできない肉体の差がある。

 隙のあるモンスターより、無駄なモノを捨てた本気のブルーノは――遙かに手強い相手なのだ。

 活路があるとしたら、ライトが努力でくぐり抜けてきた死線の数だろう。


(やっぱり、普通の手段じゃ勝てないよな……。リューナ、大量の薬草を用意しておいてくれ)


(な、何を!?)


 念話でリューナに伝えてから、ライトは全力のダッシュをした。

 そこはブルーノが横薙ぎに振るっている、ハルバードの通り道だ。


「なっ!? テメェ突っ込んで――正気か!?」


 ライトはハルバードの刃に向かって左手を突き出した。

 その勢いある刃は、手のひらから垂直に骨に当たり、血飛沫をまき散らす。


「こうでもしないと、ブルーノに勝てないって知ってたからだよ」


 左手はハルバードの刃が肘の骨部分まで埋まったところで止まり、そして右手は――


「努力もまんざら無駄じゃなかっただろ?」


「チッ、オレの負けだ」


 ブルーノの首元にナイフを密着させていた。

 あまりの出来事に静まりかえってしまう会場。

 ハッとした実況が大声を出した。


『……お、おぉ……これは……これはぁ……! 骨を断たせて首を取ったぁ! 勝者――オズだァァァァーッ!!』


 実況が宣言したあと、数千人の観客たちがウォォォオオオオオと獣の如く歓声をあげた。

 熱狂の渦でコロシアムの温度が上がっているとすら感じてしまう。

 戦闘の脳内麻薬が分泌されていたライトだったが、その大地を揺るがすような観客たちの大喝采で冷静に戻り――。


「お、俺の左手……すごいグロいことになってるぞ……。うぉぉぉお……痛覚が戻ってきてヤバい死ぬ失神する血が出すぎて……あっ」


 ライトが倒れそうになったところで、リューナが受け止めた。

 真っ青な顔をしながら、薬草を左腕に使いまくっていく。


「時間を掛ければギリギリ治りそうですが、しばらくは絶対安静ですよ……バカですかアホですか、本当になんなんですかこのプレイヤーは……私だってこんな無茶はしませんよ!」


 リューナは早口でまくし立てて、意識が朦朧としているライトにお説教をするのであった。

 しかし、その頬は緩んでいた。

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