召喚士、召喚魔法を使わず戦いたい
決闘を申し込まれてから一日が経った――つまり現在は決闘当日だ。
このリールの街には古くからのコロシアムがある。
頑丈な石造りで規模は大きく、数千人の観客が収容できる。
神々に戦いを捧げたり、娯楽のために剣闘士を戦わせたりしている場所。
そして、今日は第三王女ソフィの結婚記念の御前試合が予定されていた……のだが、それはメインイベントではなくなった。
たった一日で国民たちの間に情報が広まり、ソフィを巡っての決闘が行われると知られたためだ。
こんなにも話題性のある色恋沙汰は滅多にない。
観客たちは今か今かと待ちわびていた。
――そんなことを露とも知らずに、コロシアムの控え室では。
「しゅーん……」
普段は勇ましい幻想英雄〝竜の勇者リューナ〟が、ほこりの溜まった隅っこの方で体育座りをして落ち込んでいた。
「おいおい、そんなに落ち込むなよリューナ。なんなら、慰めとして可愛いオレ様を抱擁させてやらんこともないぞ?」
「すん……」
レオーの軽口に対しても、リューナは反応を示さなかった。
それもそのはず。
召喚者のために戦うはずの幻想英雄が、決闘の場で必要ないと言われたのだ。
リューナは存在を全否定された気分になって、昨日からマトモに会話をしていない。
唯一の例外は、ご飯の時に『おかわり……』と三回言ったくらいだ。
悲しいとお腹が空くらしい。
「リューナ……その……すまない……」
控え室の椅子に座っていたライトも、さすがに痛ましく思えてしまって謝る。
「でも、俺だけの力で……どこまでやれるか知りたいんだ」
ライトにとってブルーノは、生まれてからずっと一緒にいたライバルだ。
普通の敵ではない、特別な存在でもある。
十六年間立ち塞がった壁を、自分の力だけで打ち砕けるか試したい。
これは、そう――ただの戦いではなく、少年が大人になるための通過儀礼でもあるのだ。
「それに……もし俺の感情に抑えが効かなくなったとき、リューナの手をアイツの血で汚したくはない。リューナは大切な存在だから」
大切な存在――リューナはその言葉を聞いて耳をピクッと動かし、兎獣人顔負けの速度でピョンと跳びはねてライトの前に着地した。
満面の笑みを浮かべてこう言った。
「大丈夫です! 以心伝心、すべて最初からわかっていましたとも、ええ!」
レオーが『コイツ、チョロすぎるだろう……』と言ったが、それすらも耳に入っていないようだった。
――そんな控え室に、意外な客がやってきた。
「失礼しますよ、ライト君」
「あ、最高司祭様!」
控え室に入ってきた初老の男性を見て、リューナは疑問符を浮かべていた。
「プレイヤーのお知り合いですか?」
「うん。お城でお世話になった、最高司祭のフッドマン様」
「ああ、あのとき――昨日の馬車に一緒に乗っていた方ですね」
リューナは思い出した。
当初は気にしていなかったが、よく見ると純白の法衣に、盾のような形をした大きな帽子、黒い十字の首飾りをしている。
常に笑みを絶やさず、微笑みがシワで刻みつけられているような初老で背の低い男性。
たしかに地位が高そうだ。
鍛えているのか、首が太く肩幅が広い。
「はい、以後お見知りおきを」
フッドマンは礼儀正しくお辞儀をした。
リューナも威厳のようなものを感じて、少し遅れてから『こちらこそ』と頭を下げる。
「それで最高司祭様、何か御用でしょうか?」
「そうですねぇ。ライト君に話したいことがあります。ブルーノ君のことですよ」
「ブルーノの……」
女神イズマに仕える最高司祭というのは、召喚士にも影響を及ぼす存在だ。
成人の儀で触媒を授けたり、普段からの召喚士育成も行っていたりする。
いわば、城の召喚士全員の先生のようなものでもあるのだ。
当然、ブルーノとも関わりがある。
「本来、ブルーノ君が得るべきではないキングレックスの魔石……アレを手に入れてから歯車が狂いだしたように思えます。たとえば――」
フッドマンは城で起き始めていた異変について説明した。
ライトはそれを聞いて、なぜブルーノがあそこまで苛立ち、焦っていたかを知った。
「……なるほど。そんなことが」
「ソフィ様との結婚も、キングレックスの魔石を使えるからといって強引に行われようとしているものです。幸い、ソフィ様とブルーノ君が接触できないように尽力はしていたのですが、結婚してしまえば拙僧ではどうすることもできません……」
フッドマンは手のひらサイズもある黒い十字のネックレスをギュッと握りしめ、ライトに向かって泣き出した。
「うぅぅ……。我が子同然の召喚士同士を戦わせるのは心が痛みますが、どうかブルーノ君を殺してでも止めてやってください。それが女神イズマの意思なのです……!」
「話はわかりました、最高司祭様」
「おぉ、では――」
「ただし、殺さずに勝ちますよ」
「えぇ!? それは危険です! ブルーノ君は強い! 殺さないように手加減などしたら……」
ライトは強い意志を秘めて笑みを浮かべた。
「俺はもっと強くなるって約束したんです。だから、そのくらいはやって見せなくちゃならないんです」
「そ、そうですか……」
「それじゃあ、もう行きます」
たしかに〝彼女〟が存在した約束の証であるドラゴンローブを目深に被り、ライトは決戦の場へと歩き出した。
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