召喚士、目的を定める

 ライトは夢を見ていた。

 自らと契約してくれた少女が、悔やみながら消え去っていく。

 その様子をどこか他人のように眺めている。

 すべては自分の力不足が招いたことだ。


 また召喚すれば会えるのだが、ライトはそれができなかった。

 幻想英雄は斃されて消滅すると、その記憶を失ってしまう。

 記憶を失うということは、その魂を一度失うにも均しい。


 もう、すべてを打ち明けてくれた少女はいない。

 ライトは、再び同じ顔をした少女と会う勇気がない。

 幻想英雄と契約するというのは、そういうことだ。

 そういうことだ……と繰り返し呟き、ライトは心に膿が溜まっていくような感覚で意識を覚醒させていった――


 ***


「おはようございます、プレイヤー」


「うわっ!?」


 リューナの顔が目の前にあった。

 ライトは慌てて飛び起きてしまう。


「な、なんっでっ……」


「怪しげなライオンのぬいぐるみに寝首を掻かれないように、寝ずの番をしていました。まぁ、私は元々寝なくても平気なのですが」


「あ、あぁ……そうか。俺はリールの街に戻ってきて……」


 ライトはボンヤリと思い出してきた。

 蠱毒の洞窟がある雑木林から、街まで戻ってきたことを。

 そのまま冒険者ギルドへ報告しに行こうとしたのだが、人々の目線が気になった。

 今回はリューナの格好というより、二人が乾いた虫の体液でガビガビに汚れていたからだろう。

 仕方なく宿を取って、風呂に入った。

 無意識に溜まっていた疲れから、ベッドで倒れ込んでしまって朝になった――というところだ。


「俺なんかのために……ごめん」


「何か元気ないですね、プレイヤー?」


「いや、ちょっと……」


 不安げな表情のライトを見て、リューナは優しく笑った。


「私はプレイヤーの寝顔、結構好きなので問題ありませんよ」


 ――そう言ってからリューナは、自分がライトのことを好きと言っているのに気が付いてしまった。

 頬を染めて、目を泳がせてしまう。


「もしかして、リューナ……」


「え、えっと、その……」


「俺ってそんなに、眺めていて飽きない面白い顔で寝てるのか……」


 ライトは鍛錬馬鹿なので、男女の機微は気が付かないのであった。


「そ、そうなんです! プレイヤー、寝ているときは変顔をしていて面白いんです! その面白い顔が好きでずっと眺めちゃっていて! あ、あはははは!!」


 リューナはごまかし笑いをして乗りきった。


「二人の世界に入っているようだが、オレ様もいるぞ~」


 部屋の隅で、レオーがツッコミを入れていた。




 ***




 朝食は冒険者ギルドの酒場で摂ることにした。

 冒険者許可証を渡して査定などをしてもらう、スキマ時間の有効活用だ。


「いただきま~す」


「久しぶりの薬草以外のご飯だ。……って、薬草をご飯ってナチュラルに認識し始めた自分が怖い」


 ライトの目の前には、テーブルに載せられた朝限定のモーニングセットがあった。

 焼きたてフワフワの白パン。

 イズマイール王国で採れる野菜と、トツゲキウリボウの肉が入った具だくさんスープ。

 食べやすくスライスされた、ナルヴァ鳥のゆで卵。

 北の国で採れるイヴァン葡萄のジュース。

 スタンダードなメニューが、今のライトには嬉しかった。


「んん、どれも超美味い……!」


「一ヶ月……いえ、体感時間では半年ぶりですからね。ゆっくりとお召し上がりください、プレイヤー」


 食が進むライトだったが、ふとテーブルの隅に座るレオーが気になった。


「そういえば、レオーは何か食べないのか?」


「オレ様、今はぬいぐるみの身体だ。それに元々食事は必要ない。睡眠すらもな」


「ふーん……」


 同じような特性を持つ存在が横にいるが、その竜の勇者はガツガツと料理を平らげている。

 今のところクエスト報酬が入りそうで節約しなくても問題はないが、食べなくてもいい幻想英雄の身体で大食いをしているのだ。

 ライトは〝体調的に大丈夫なのか……〟と心配になって、ジーッと眺めてしまう。


「ふふぇいあー、ふぉうふぁしふぁしふぁふぁ?」


「飲み込んでから喋らないとわからない」


 リスのようにほっぺたを膨らませたリューナは食べ物を咀嚼嚥下もぐもぐごっくんしたあとに、キリッとした表情で再び言った。


「つい美味しくて、口に入るだけ入れてしまいました。さて――プレイヤー、どうかしましたか?」


「アホの子か?」


「……レオー、どうやら我が剣の錆になりたいようですね」


 ライトと同じことを思って先に口に出してしまったレオーの命は、もはや風前の灯火だった。

 身代わりとなってくれた新しい仲間にサムズアップ。

 ……ではなく、別の話題に切り替えることにした。


「ちょっと聞いてほしいことがある。今後の俺の目的についてなんだけど」


「プレイヤーの目的ですか?」


「ああ、そうだ。まずは強くなること。もう誰も失わないくらいに」


 ライトの言葉に、リューナは強い決意を察した。

 イナホを失ったことにより芽生えた目的。

 リューナもそれは一緒だった。


「はい、もう誰かを失うのは御免です」


「蠱毒の洞窟で鍛えたけど、まだまだ上を目指す努力をしたい。最高の冒険者――ランク10を」


「そうですね。そのくらいになれば、この世界の魔王も倒せるようになりますよね!」


 竜の勇者であるリューナはウキウキ顔で聞いてきたが、ライトは首を傾げる。


「魔王? 現代にいるなんて聞いたことがないぞ」


「ま、ままままおうがいない? ……え?? だって……えぇ??」


 リューナの目が点になり、表情が虚無になった。

 それはボーッと空を眺めているようでもあり、口が半開きで涎が垂れそうになっている。


「あは~、星が流れ……ハッ!? ちょっと意識が飛んでいました!」


「ええと、急にどうしたんだ。魔王がいないと言っただけだぞ?」


「じょ、冗談ですよねプレイヤー!? 竜の勇者の存在意義は魔王を倒すことなんですよ! 私が喚ばれたのに、魔王がいないっておかしいじゃないですか!! これから私は、何を目標に生きていけばいいんですか!?」


「うーん、冒険者ギルドで公開される情報は、ランクによって異なるとか聞いたこともあるし、もしかしたら~……実はいるかもしれないんじゃないか? 魔王。あっ、レベル99の腕力だと俺死んじゃうんで放してください」


 襟首を掴まれてガクガク揺らされているライトは苦し紛れで答えたが、リューナはそれを信じてくれたようだ。

 パッと手を放して、酸欠で青ざめていたライトを開放した。


「なるほど! つまり、魔王討伐クエスト発生のためにも最高ランク10を目指そうというわけですね! そういうことならば心は一つです! どこだ魔王! 隠れてないで出てこい! 意外と近くにいるのでは! もしかして、レオー!?」


「オレ様はマジで違うからな」


「チッ、魔王秒殺とか面白いと思ったのですが」


「やはり、アホの子だったか――ぐおぉッ!? 顔面パンチは止めろォ!? 綿が飛び出る!」


 リューナの拳がぬいぐるみの形を変えていた。

 そんな中で話を続けにくかったが、バツの悪そうな表情でライトはコホンと咳払いをした。


「それともう一つ。俺、個人的にやりたいことがあって……」


「プレイヤーのやりたいこと、ですか?」


「うん……その……女々しいことなんだけど、元婚約者のソフィと会って話がしたいんだ」


「あー、ブルーノとかいうデカくて乱暴な男と婚約したっていう」


 リューナも色々と事情は察していた。

 思わず、レオーを固定して殴り続けている手を止めて話を聞く。


「嫌われて婚約破棄されたのはいいんだ。それは俺が悪い。けど、そのせいで……あのブルーノと強引に結婚させられるのだとしたら、放っておけなくて……」


「つまり、会いに行って確かめたいということですね。でも、止めておいた方がいいのでは。ビーチェという方も忠告していました。もうすぐ行われる第三王女であるソフィさんの結婚式を妨害すれば、イズマイール王国すべてを敵に回す可能性もあると」


「それでもソフィは……元婚約者の前に、俺の大切な幼なじみで友達なんだ」


「プレイヤー……」


 純粋な友情に心を打たれたリューナ。決して、二人が恋愛関係にないと聞いて安心したのではない……と言い聞かせたりしたり、しなかったり。


「い、いや、でも、俺なんかが行ってもお節介かもしれないとか、そういうのも考えたりも……」


 弱気になるライトの背を、拘束から逃れたレオーがバシッと叩いて活を入れる。


「いたっ」


「ライト、貴様は外見だけではなく中身まで乙女だな! よし、今日からオレ様が〝ライト姫〟とでも呼んでやるわ!」


「ちょっと、その呼び方はひどくないか!?」


「たわけ者めが! 女の下に行くか決めきれずウジウジと! そういうときはジャマな理性を消せ! 雄の本能で動け! 己が願望に従え!」


 そのレオーの言葉は妙に説得力があった。


「ぬいぐるみの癖に、まるで自分が経験してきたかのような……」


「フハハハハ! オレ様は経験豊富なのよ! ライト姫と違ってな!」


「やっぱり、男の俺にその呼び方はどうかと思うけど……。でも、決めた。やっぱり、ソフィと会って話をするよ!」


「そうするがよいわ。後悔せぬためにもな」


 よくわからない男の友情が芽生えたライトとレオー。

 それを見ていたリューナは、少し羨ましそうにしていた。

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