召喚士、一ヶ月間ぶっ通しの修行開始
蠱毒の洞窟内に下りた二人だったが、虫の音で騒がしかった先ほどまでとは違い、内部はしんと静まりかえっていた。
「いきなり襲ってこないところを見ると、意外と紳士的なのですかね……?」
「いや、リューナ。これはどうやって喰い殺そうかと観察しているところに違いない」
洞窟の中は意外と明るかった。
天井の穴と、ヒカリゴケが生息しているおかげだろう。
見回すと八方向の等間隔に穴が続いていて、そこで目を光らせるモンスターたちの気配がしていた。
「周囲すべてが敵という感じか……。これはブルーノでも三時間というのはあながち嘘じゃないようだ」
「だ、大丈夫なんですかプレイヤー?」
「ああ、大丈夫だ。たぶん」
「たぶん!? そもそも一ヶ月間戦い続けるとか問題点が多すぎて――」
先に指示をしていなかったので、リューナは不安からオロオロしてしまっている。
その最中、しびれを切らしたモンスターが飛び出してきた。
相手は小型の虫――といっても三十センチくらいのサイズの大きなノミで、ライトの眼前から吸血管を剥き出しにして跳ねてきている。
それと同時に、見えない位置である背後からも同じモンスターが迫っていた。
【
(前方から1、後方から1か)
止まった時の中、スキル効果である俯瞰視点をぐるりと動かして確認した。
(そ、そうですよね。このスキルがあれば背後からの攻撃もわかりますよね! 竜の勇者としたことが、つい焦ってしまいました……)
(ちなみに他の対策も色々と考えてあるけど――)
(さすが私の見込んだプレイヤーです!)
(実は大体ぶっつけ本番だ)
(……っ!?)
リューナの声にならない悲鳴が聞こえてくるが、それをスルーして指示を出していく。
(前方の一匹は俺が仕留める、後方の一匹はリューナが仕留めてくれ。ドロップしたアイテムはゴールド以外は即回収で、なるべく俺から離れないでくれ)
(りょ、了解です)
【思考加速】――解除。
動き出した時の中で、ライトはナイフを構えた。
前方で跳んでいるノミモンスターの軌道は予測済みなので、冷静にナイフを突き立てる。
観察していた急所である、文字通り小さなノミの心臓にクリティカルヒット。
「よし、俺でも急所を見極めれば十分に倒せるな」
背後でノミモンスターを相手にするリューナも、難なく剣で切り倒していた。
ドロップしたのはゴールドと、お馴染みの薬草だ。
「プレイヤー、意外と楽勝ですね!」
「いや……どうやらここからが本番らしい」
八ヶ所の穴から、一斉に虫モンスターが群がるように迫ってきた。
その数は三十匹はくだらないだろう。
それも続々と湧き出てきている。
ライトは覚悟を決めて、気合いを入れた。
――ライトは【思考加速】をこまめに使いながら、虫モンスターを倒し続けていた。
数十匹の虫モンスターがいたとしても、同時に襲いかかってくるのは数匹が限度だ。
それを冷静に、適切に二人で分担して対処していく。
「くっ、倒しすぎてナイフが使えなくなったな」
リューナの装備は平気だが、普通の武器を使っているライトには限界がある。
体液で切れ味が鈍ったり、刃が欠けたりだ。
しかし、その対処法も考えていた。
「リューナ、ドロップしたショートソードを一本頼む」
「はい、どうぞ!」
リューナの【スキル:討伐時ドロップ化】によって、様々なアイテムが現地調達できるのだ。
さすがに雑魚モンスターで上質な装備は手に入らないが、使い捨て感覚で消費するには丁度良い。
ひたすらに蠱毒の洞窟で虫モンスターを倒し続ける。
――数時間が経過しただろうか。
ライト自身は【思考加速】の影響で、その数倍は時間が過ぎているように感じている。
そろそろ小型の虫モンスターだけではなく、蠱毒の洞窟を生き残った中型モンスターも現れ始めてきた。
身体に疲労、それと空腹を感じ始める。
「仕方ない……。リューナ……薬草をくれ」
「あ、食べるんですね! 薬草!」
ライトは薬草の不味さを覚えていたが、背に腹は代えられない。
体力の回復と空腹を満たすのを同時に行え、ほぼ無限に現地調達できる完全栄養食なのだから。
とはいっても、本当は他の食材アイテムがドロップする可能性に賭けていたのだが……。
「……俺は残念ながら、薬草を食べるのを最善と判断した……本当に残念ながら……」
「慣れれば美味しく感じますって! 私は一年くらいで慣れました!」
慣れるまでのスパンが長すぎると突っ込みたかったが、代わりに受け取った薬草を自らの口に突っ込んだ。
青臭い、苦い、ゴワゴワする。
虫からドロップしたというのも精神的なダメージを与えてくる。
「……一ヶ月間、薬草だけで生きなきゃダメなのか。我ながら何ということを計画してしまったんだ……」
「一ヶ月薬草生活のスタートですね!」
なぜかリューナは嬉しそうに言い放ち、スナック感覚でモンスターを蹴散らしていく。
もしかして、俺って嫌われているのでは……とライトは訝しんだ。
――十六時間ほど経過した。
「さすがに眠いな……」
薬草で体力的なものは平気だが、脳の疲れまでは補えない。
思考が段々と雑になってきていて、敵に隙を突かれそうで怖くなる。
「プレイヤー、大丈夫ですか? 私と違って、生身なので睡眠が必要に――」
「うん、寝る」
「……えっ?」
今も小型、中型のモンスターが全方位から襲いかかってきている最中だ。
二人のコンビネーションで撃退し続けているのだが、ライトが寝てしまうと色々と無理になる。
起きているリューナが、寝ているライトを守り続けるというのも不可能な話だ。
「それじゃあ、おやすみ」
「ちょ、待っ」
ライトは【思考加速】を使って時間を止めた。
その止まった時間の中で、ライトは無言になった。
(……あれ、プレイヤー? もしもーし?)
返事はない。
(も、もしかして……)
ライトは止まった時の中で寝ていたのだ。
思考加速という名前でも思考を休めて眠れるのは、常識から外れた規格外のスキルだからなのだろう。
それにしてもメチャクチャなスキルの使い方である。
(さすがにこれは私も思いつきませんでした……。もしかして、プレイヤーは天才では?)
しかし、睡眠を取る必要がないリューナはまだ気が付いていなかった。
(ふふふ、さすが私を従えるプレイヤー。……って、何か私一人で喋っているような?)
……ライトが寝ている間、ずっと待ち続けなければいけないということに。
――戦い続けて三日が経過した。
(それじゃあ、おやすみ)
(私が片足で立っている最中に睡眠タイムに入るのは止めてくれませんか。実際には平気ですが気分的に脚がプルプルします)
――七日が経過した。
(すやぁ……)
(ちょっと待ってくださいプレイヤー! 私がジャンプしている最中に寝ちゃうと、ずっとフワフワした状態で待たなきゃいけないんです! 起きてください、起きてくださぁぁい!!)
そんな感じで二人は戦い続けた。
そこでふと、リューナは考えてしまう。
普段通りに平常心で戦っているライトの異常さを。
現状、武器や食料、睡眠の確保ができているからといっても、命を奪おうとするモンスターたちと延々戦い続けるという綱渡り状態だ。
幻想英雄としての豊富な経験や、勇者としての特性を植え付けられているリューナはともかく、ライトはまだ実戦経験を積んだばかりの十六歳の少年。
そんなライトが恐怖に囚われず、普段通りに戦い続けられているのだ。
底知れぬモノを感じてしまう。
それは英雄としての素質か、はたまた努力のしすぎて精神が壊れてしまっているのか。
リューナには判断がつかなかった。
ただ――世界を動かす大いなる存在になれるかもしれないという予感はあった。
「リューナ、疑問なんだけど」
「どうしましたか、プレイヤー?」
「トイレ……なんで俺はトイレに行きたくならないんだろう」
ライトは戦闘中にもかかわらず真顔だった。
「それは薬草の効果ですね。浄化作用によって一切の
リューナも一応は女の子なので言い方をボカしたが、排尿、排便のことである。
「なるほど……。便利だけど、何か違和感がすごいな……」
「これが普通です。勇者はトイレに行きませんから!」
「でも、街だと普通の料理も食べてたよな、リューナ。時々、席を外していたし」
リューナは無言になったあと、いつも以上の剛力で中型モンスターを一刀両断した。
飛び散る赤い体液がライトにビチャビチャとかかった。
「勇者はトイレに行きませんから。わかりましたね?」
「は、はい……」
ライトは世界を動かす大いなる存在になれるかもしれないと思ったが、それはリューナの気のせいだったかもしれない。
そんなやり取りもしつつ、ついに蠱毒の洞窟のモンスターを全滅させた。
一ヶ月より少し短いくらいで、ほぼ誰も達成できない特殊クエストを成し遂げたのだ。
「意外と楽だったな、リューナ」
「……え? あ、はい……そう……ですか……」
平然とした表情のライトと、疲れ切っているリューナ。
魔力供給が続いていればそこまで身体的疲労が溜まらないはずの幻想英雄だが、一ヶ月も戦い続ければ精神が摩耗していく。
いや、実際の時間は一ヶ月だが、
倒したモンスターの数は約五万匹。
人ならざる身のリューナですら、ぐったりするのは当然である。
それに比べてライトは、蠱毒の洞窟に来る以前より活き活きしていて、逞しくなっているように見えた。
「プレイヤー……疲れとかはありませんか?」
「いや、逆に倒せば倒すほど元気になる気がする。もしかしたら、蠱毒の王が誕生するプロセスと一緒で、敵を倒すと少しずつ強さを分けてもらえるような効果が冒険者にもあるのかもな」
「……しかし、それにしたって精神力ヤバすぎじゃないですか。本当に人間ですか、プレイヤー」
「そうか? 努力をするのには慣れてるからかな?」
ライトはいつもの笑顔を見せていた。
それに弱いリューナは、虫の体液で汚れた顔で笑い返すしかなかった。
「さてと、それじゃあリベンジと行くか」
「はい。蠱毒の王で腕試しをしましょう」
ステータス
名前:リューナ・スカイロード
職業:竜の勇者Lv99(MAX)
HP:999
MP:290
ちから:999
みのまもり:999
すばやさ:390
きようさ:1
かしこさ:1
うんのよさ:999
スキル【努力:経験値5倍】【布の袋:容量無限】【プレイヤー共有スキル:
New! 【接敵回避魔法:セイシール】
New! 【中級雷魔法:メガピカズ】
New! 【絶対防御魔法:テツメタフ】
New! 【脱出魔法:アナデール】
New! 【プレイヤー共有スキル:
New! 【
「――それでは、長らく過ごした蠱毒の洞窟から脱出しましょう! 【脱出魔法:アナデール】!」
ライトは脱出魔法の名前のダサさと、ステータスで〝きようさ〟と〝かしこさ〟が上がっていないことには突っ込まなかった。
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