第三章 黒い幻想英雄
召喚士、特殊クエストを受ける
ランク7昆虫モンスター『蠱毒の王』。
外見は二メートルを超える巨躯で、分厚い甲殻を鎧としている。
クワガタのハサミ、サソリの尻尾、バッタの健脚、トンボの複眼――
多種複合型昆虫モンスターとでも呼称するのが正確かもしれない。
その刃を通さない強靱な防御力と、鋼鉄の鎧を粉砕する攻撃力もさることながら、トリッキーで臨機応変な動きも油断ならない。
エリート冒険者のパーティーでも、絶対に避ける相手だ。
総合的に見るとランク7以上のモンスターに違いない。
それが今、雑木林の中で――ライトとリューナの目の前にいた。
『ギチギチギチ……』
蠱毒の王はハサミを鳴らしながら佇んでいた。
「はぁッ!!」
リューナの剣による先制攻撃。
一流の剣士に引けを取らない斬撃だったのだが、蠱毒の王の甲殻には歯が立たない。
ギィンと刃が震え、弾かれてしまった。
「リューナ! 無理だ! 全力で離れろ!!」
『――ギギギッ!』
その一瞬の隙を突いて、蠱毒の王は高速の五連撃を放ってきた。
ハサミ、尻尾、脚を複数の方向から、複数の急所目掛けてだ。
「くっ!?」
リューナは後方へ退こうとするが間に合わない。
覚悟を決めて、頭部、首、心臓だけを盾で守って他の部分は捨てることにした。
盾に丸太でもぶち当てられたような衝撃が走る。
このままではノーガードの両腕と腰下が千切れ飛ぶ――のだろうと予想していたのだが、ダメージは何も来なかった。
「ど、どうして平気」
「全力で逃げるぞ、リューナ……!」
背後からライトが光を放って、目くらましをしていたのだ。
「わかりました。プレイヤー……」
――なぜライトとリューナの二人が、ここまで強力なモンスターとはち合わせているのか?
それは昨日受けたクエストが関係していた。
***
――街の冒険者ギルド、その掲示板前に二人の姿があった。
ライトは黒いドラゴンローブを身に纏って頭だけを出していて、リューナは可愛いワンピースの街着姿だ。
「何か強くなれるようなクエスト……何か……ないのか……」
「プレイヤー、まだ獣人の村から戻ってきたばかりですし、少しお休みになっても……」
「ダメだ……それじゃあ! 強くならないとイナホに会わせる顔がない!」
ライトはイナホの死を受けて、彼女の再召喚は強くなってからと決めていた。
もう二度とあんなことを起こさないために。
必死の形相を見せるライトのことを、リューナは心配していた。
――と、そこに一人の見知らぬ男性が爽やかに声をかけてきた。
「ほう、このように可憐な女性二人が言い争いとは勿体ない。どうだ、オレ様と有意義な一時を過ごせば、昂ぶる雌ライオンでも仔猫のようになるぞ?」
「は?」
「これは失礼、オレ様の名前はオータム。真実の愛を求める者だ。なに、目の前の美しい花は愛でなければ気が済まない主義なのでね」
話しかけてきた男性――オータムの身長は190センチほどあって、かなり大きいが体型はスリム。
仕立ての良い貴族のような赤主体の服装。
髪はオレンジ色のオールバック。前髪がピョンと一垂らししてあって、セットに気を遣っていそうだ。
顔は整いすぎた美形であり、大手劇団の主役と言われても信じてしまうだろう。
しかし、二人は醜美には興味がないので、いきなり馴れ馴れしく話しかけてきたオータムのことを冷ややかな目で見つめていた。
「……プレイヤー。お知り合いですか?」
「いや、王侯貴族もそれなりに知ってるけど、ここまでキザったらしい奴は見たことがない……」
そのライトの興味なさげな一言に、オータムは甘いマスクでニッコリと微笑んだ。
「ハハハ! 辛辣な
「いや、ちょっと待て……」
「片方だけ妃にするのは待てというのか、欲張りめ! そうだな、その通りで両方を妃にするという手もある。この国の法を変えさせなければ――」
「勘違いしてそうだが、俺はライト。
オータムはフリーズした。
眼だけを動かし、ライトの姿を再確認した。
ローブでわかりにくいが小柄な体型で、顔は美少女と呼ばれる人種以上に可愛らしい。
ついでに声も女の子と言われれば女の子に聞こえる。
つまり、ライトは女の子と勘違いされてもおかしくない。
「……どう見ても可憐な少女では? ハハハ……冗談が厳しいなライト姫」
「これを見ろ」
ライトはドラゴンローブと共に服をめくり上げて、上半身を見せてやった。
そこには凹凸がなかった。
「……神は死んだのか。なぜオレ様が嫌いな男なのだ」
「私も思ってました。ぶっちゃけ、私より可愛い外見なのではないか? と……」
絶望の表情を見せるオータムに、リューナがウンウンと頷いていた。
「俺のことを好き勝手に言いやがってお前ら……!」
当事者のライトとしてはあまり鏡を見ていないので忘れかけていたのだが、自分の外見が強そうではないのを嫌でも思い出してしまう。
身長も欲しいし、母親似らしい顔ももっと厳つくなりたい。
「は~……。そうか、貴様がライトか」
「どうして、俺のことを知っ――」
「強くなりたいのなら、そこに張り出されていない特殊クエスト『蠱毒の洞窟』にでも行け。そして、オレ様を残念がらせた罪で程よく死んでくるのだ……」
オータムは本当に残念そうな表情をしながら、二人に背を向けて冒険者ギルドの入り口の方へ歩いて行ってしまった。
ライトがそれを引き留めようとするも、先に足止めしている者がいた。
「おうおう、にーちゃん! 今、オレの肩にぶつからなかったかぁ!? いてぇ、いてぇよ。こりゃあ骨が折れたな……治療費を寄越せよ?」
それは当たり屋――肩をぶつけに行ったガラの悪い冒険者だった。
下品な笑いを浮かべながら、仲間を二人呼び寄せた。
どうやら、冒険者ギルドで見ない新顔相手に小銭を稼いでいるらしい。
「その身なり、どうせ貴族のぼっちゃんか何かが、興味本位で冒険者ギルドにやってきたんだろう? さぁ、金を出し――」
「オレ様は今、最高に機嫌が悪い。ストレス解消の役目を負ってくれる貴様らには褒美をやろう。……なに、釣りはいらんぞ」
「ひっ!?」
オータムは手のひらを差し出した。
その上に金貨でも乗っていると思いきや、あったのは魔法の炎だった。
「「「ギャアアアアア!?」」」
それは瞬時に三つに分散して、ガラの悪い冒険者三人を焼き付くし、灰にしてしまった。
水分を多く含む人体をこうまでするとは、並大抵の火力ではない。
周囲に燃え移ってもいないために、コントロールの精緻さも恐ろしい。
「宮廷魔術師以上の実力……」
それを見ていたライトは圧倒されて、オータムが冒険者ギルドを出て行くまで動けなかった。
そして、勘違いかもしれないが、オータムの姿が一瞬だけ黒い靄に包まれているように見えた。
***
結果として、ギルド長のゼイレムに『蠱毒の洞窟』のクエストについて尋ねたところ、本当に実在していた。
オータムの発言は真実だったのだ。
クエスト内容は、街から少し離れた雑木林の中に、蠱毒の洞窟と呼ばれる場所がある。
その洞窟内部に約一ヶ月間も出現し続けるモンスターを、出来る限り〝間引き〟してほしいというモノだった。
なぜ、そんなことをクエストにしているかというと、蠱毒の洞窟の特性にあった。
蠱毒の洞窟は一定周期で、どうしてか昆虫型モンスターが大量発生する。
そこを一ヶ月間生き残った最後のモンスターが、異常な強さを持って出てくるというのだ。
それはランク7モンスター『蠱毒の王』と呼ばれる存在。
尋常ではない強さと頭の良さを誇り、近くの雑木林を縄張りとしている。
その次代の蠱毒の王の強さを削ぐために、定期的に蠱毒の洞窟の間引きを冒険者に依頼しているのだ。
ただし、一ヶ月間戦い続けるというハードすぎるクエストのため、選ばれた冒険者にしか依頼することができない。
あの戦闘能力自慢のブルーノでさえも、三時間でギブアップして戻ってきたらしい。
強くなるために、ライトはその依頼を受けて、問題の雑木林にやってきたのだ。
「――はぁはぁ……何とか蠱毒の王から逃げ切ったな……」
「蠱毒の洞窟でクエストをする前に死ぬところでしたね……」
雑木林で蠱毒の王を見つけたため、ライトとリューナは試しに戦ってみたのだ。
結果は、圧倒的な強さを前に敗走した。
剣は弾かれるし、ライトの機転がなかったら蠱毒の王の攻撃で複数回は殺されていただろう。
「蠱毒の王は頭が良くて、人間相手には好戦的ではないというゼイレムさんの情報は正しかったな」
「逃げてる最中、生きた心地がしませんでした。もし、見逃してくれなかったら……」
蠱毒の王から見れば、普段餌とするモノと違って人間は厄介だ。
殺し過ぎてしまえば討伐クエストで冒険者が出動、または災害級モンスター指定されて国が動くだろう。
そのため、戦いの意思なしと見なした人間を追わないのだ。
しかし、次代の蠱毒の王も人間に敵対しないとは限らない。
蠱毒の王を生み出す、蠱毒の洞窟の間引きにだけクエストがあるのはそういう理由なのだ。
「よし、辿り着いたぞ」
「地図によると、ここが蠱毒の洞窟のようですね」
洞窟というより、地面に空いた大穴だった。
丈夫そうな太いツタが下まで伸びている。
中はあまり見えず、不気味な昆虫モンスターの音らしきものだけがカサカサと聞こえていた。
「準備はいいですか? プレイヤー。このクエストは死の危険が伴います。今ならまだ引き返しても――」
「俺はお前と強くなる。そう決めたんだ」
「わかりました、プレイヤー! ここで強くなったら、さっきの蠱毒の王にリベンジですね!」
「それもいいな――さぁ、経験値を稼ぎに行くぞ!」
ライトとリューナは、蠱毒の洞窟に飛び込んでいった。
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