召喚士、獣人たちの英雄となる
大樹の下に光が差し込み、そこにボロボロのイナホが倒れていた。
泥にまみれ、腕は千切れかけで、トレードマークのオーバーオールは血で汚れている。
「やぁ、オーナー」
「イナホ……」
それでも彼女は満足げな顔だった。
だから、ライトも誇らしくしようとして、弱いところは見せないように我慢した。
たとえイナホが、契約解除されていて魔力が空で、魂といえる部分が砕け、数瞬後には消えてしまいそうな儚い存在でも。
「ごめん、最後の一撃に魔力だけじゃなく、記憶領域の大部分まで消費しちゃった。オーナーの名前、教えてくれるかな……?」
「俺の名前はライト――ライト・ゲイル」
「ライト……ゲイルか。この世界を救いそうな良い名前だね」
イナホは、ゲイルという名字に〝ある童話〟を連想していた。
主人公が三人の仲間――知恵の無いカカシ、勇気の無いライオン、心の無いブリキを引き連れて異世界を救う物語。
「あたしも足りないモノをもらった気がする。今までは人の死を恐れて誰とも仲良くなれなかった。でも、それだったら自分で誰かを救えばいいんだって……」
「ああ……、イナホのおかげで俺も獣人も救われた。俺なんかには勿体ない幻想英雄だった」
「そっか……そっかぁ……。どうやら、あたしは大切にされていたようだね」
そう呟いたあと、イナホはチラリと木陰を見た。
そこには様子を窺っていて出るに出られないリューナの姿があった。
手にはキングレックスのドロップ品の黒い布地。
「その黒い布地、ここまで持ってきてもらえるかな?」
「わ、わかりました……」
リューナは、記憶を失っているイナホに戸惑っていた。
なんと声をかければいいのか。
同じ幻想英雄が消滅してしまうという間際の感情は複雑だ。
それでも、感情を抑えながら近付いて黒い布地を手渡した。
「ありがとう。ライトを守ってくれて――キングレックスまで倒して。感謝しかないよ。後のことも頼んじゃおうかな」
「はい……! 竜の勇者、リューナ・スカイロードの名にかけて!」
リューナは小さな勇者に跪き、その託された願いを誓った。
「さてと……残滓ほどしかない、あたしの力だけど服の形を整えることくらいはできる」
イナホは黒い布地をさすると、不思議なことにそれがローブの形に形成されていく。
「なぜか、ライトの身体のサイズを覚えていたからね。もしかして、そういう関係だったのかな?」
クスッと冗談めいて笑って、形成された黒いローブをライトに手渡した。
「ドラゴンローブ、とでも名付けようかな。あたしからの最後のプレゼント。魔法耐性が高いから、きっとライトを守ってくれるよ」
「ありがとう……」
「たぶん、あたしの知らない〝イナホ〟は、もっと沢山のモノをもらっていたんだろうね。とてもじゃないけど一回じゃ返しきれない。だから……次に喚ばれたときは……」
笑顔だったイナホは一転、顔をクシャクシャにして泣き出した。
「もっと役に立てるように頑張るから……こんな壊れて死んで終わりじゃないように……強く……強く……」
「俺も……もっと強くなれるように努力する……! 約束だ! だから――」
ライトは悲痛な声で叫んだ。
直後にイナホは消滅したので、その声が届いたのかはわからなかった。
「プレイヤー……」
リューナが声をかけるも、ライトは立ち尽くしたままだった。
ただ手に残るドラゴンローブだけが、一人の勇敢なる幻想英雄がいたという証だ。
「ざ、ザコライト! よく聞きなさい!」
「お前は……ビーチェか……」
いつの間にか兵士に担がれているビーチェがいた。
キングレックスに両足を砕かれたために、情けない格好である。
「一ヶ月後に王城で、ソフィ第三王女とブルーノの結婚式が行われるわ!」
「結婚式……。どうして俺に?」
「アタシも裏切られたし、それにあの娘……あなたの召喚獣に免じてよ。喚び出す側と喚び出される側に、あんな絆があるなんて知らなかった」
兵たちは音の出る矢――鏑矢で撤退合図を出していた。
ビーチェも担がれながら、森を出て行くところだ。
その去り際に大声をあげる。
「いい!? 結婚式を止めようと乗り込むのなら本物のキングレックスだっているだろうし、宮廷召喚士たち……いえ、王国すら敵に回す可能性もあるわ。悪いことは言わないから、大人しくしておくことね」
「ビーチェ……」
「あー、それとホント割に合わないし、もう獣人の村なんてどうでもいいわ。パパにもそう伝えておく。じゃあね、ザコライト。もう二度と会いたくないわね」
ビーチェは背中越しに手を振り、兵と一緒に撤退していく。
獣人の村を巡る戦いはこれで終わった。
――一夜が明けて平穏が訪れた獣人の村。
村人たちは明るい未来のことを考えていた。
幸い、獣人の村にはイナホが残した農耕メモなどがあり、これからの生活は問題なさそうだ。
獣人たちにイナホのことは、先に旅に出たと伝えておいた。
「もう行ってしまうんですか、ライトさん」
ライトは、見送りに来てくれたラ・トビに答えた。
「ああ、もっと努力して強くならなきゃいけない」
再びイナホを喚び出しても、今のままでは魔力不足で悩むことになるだろう。
まずはそれを解消しなければならない。
「ライトさん、またいつでも立ち寄ってくれよ!」
「お達者で~ですじゃ~!」
「またねー!」
ド・シュナウを初めとした村人たちが、全員集まってきていた。
ライトとリューナは大きく手を振ってから、獣人たちの村を後にした。
イナホとの約束を果たすために。
「これからどこへ行きましょうか、プレイヤー?」
「そうだな、まずは――」
ドラゴンローブが風になびき、明日へと後押ししてくれる気がした。
――――――
あとがき
次回、幕間を挟んで第三章『黒い幻想英雄』がスタートします。
ライトは強くなることを決意して、最強を目指すことに――。
これで一区切りですね。
ご祝儀としてでも
「続きが気になる」
「作者がんばれ」
「イナホってどうなるの……?」
と思ってくださるのなら今、ブックマークや☆付けで応援してくれるとモチベーションがあがります。
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皆さんで一緒に『幻想英雄の召喚士』を育てて頂けると嬉しいです。
作品が終わったあとだと、もうどうしようもないので(´つω;`)
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