召喚士VSキングレックス

 ――ライトは深い泥の中に埋もれていた。

 足が着かずに沈んでいき、身体が圧迫されて、顔に泥が落ちてきて息苦しい。

 それはライトの夢のようなものだった。

 魔力切れを起こすと、この世界に放り込まれる。


「暗い……寒い……何も見えない……聞こえない……」


 ただ感じるのは苦しさだけ。

 たぶん数時間もすれば意識を取り戻す。

 このまま待っていようと思った。

 しかし――普通は聞こえないはずの声が聞こえてきた。


『オーナー……。なんで……こんなに無理をしたんだよ……バカ……』


 それはイナホの声であり――続くのは告白だった。

 悩み、生い立ち、知ってしまった真実。


『今まで無理をさせて、ごめんね。こんなあたしに優しくしてくれて、ありがとう。たぶん、もうこの〝イナホ〟には会えないと思うけど、次のあたしにも優しくしてくれると嬉しいな』


 今から攻めてくる三百の兵を相手に、自ら死にに行くような言葉。

 ライトは起きなければと強く思った。

 思ったのだが……身体が動かない。


 なぜこんな状態になってしまったのか……?

 ライトの油断か?

 獣人たちの生活基盤を早く安定させるために焦りすぎたか?

 ……たしかにそれらもあったかもしれないが、魔力切れのタイミングを狙ったかのように、兵力を送り込んでくるとは予想ができなかった。

 それはまるで〝誰かが見ていた〟かのような。


「くそっ、起きろ俺の身体……! 早く行かないと!」


 焦りは募るばかりで時間が過ぎていく。

 そして――音を聞いた。

 ライトに繋がっている二つの線の内、一つから何かが砕ける音がして、線が途切れた。

 瞬時に魔力の回復量が上がり、ライトは意識を取り戻した。




 ――目覚めるとそこはベッドの上だった。

 開け放たれたドアの向こうで、リューナが兵を倒しているのが見えた。

 寝ている間にずっと守ってくれていたらしい。


「プレイヤー、気が付かれましたか!」


「リューナ……移動魔法を頼む」


「えっ? しかし、生身では危険で……」


「構わない。急いでイナホの下へ行こう」


 鬼気迫るライトの雰囲気に、リューナは気圧された。


「わかりました」


 リューナは何かイナホに起きたのだと察した。

 まだよろけ気味のライトに肩を貸して、家の外に連れ出してから魔法を唱えた。


「衝撃に備えてください! 行きますよ……【移動魔法:ブクマール】!」


 瞬間、凄まじい重力が全身を支配した。

 身体が重くなり、脳や内臓を見えない手で引っ張られているようだった。

 同時に目の前が真っ暗になって、意識を失いそうになる。

 何とか奥歯を食いしばって意識を戻すと、すでに天高く舞い上がっていて、空の風景が超高速で後ろへ流れていた。


「まだ上空です。あまり見てると気をやられますよ。……それにしても、ブクマールは普通だと印象深いランドマークにしか狙って飛べないのに、よくイナホのところまで……」


「俺には見届ける責任がある」


「え……? あ、そろそろ到着します」


 風を切り、高度を徐々に落としていたのだが、〝思考加速〟が脅威を感知した。

 地上の巨大な物体に、ライトは目を見開いた。

 それは因縁深いキングレックスだった。


(リューナ……全魔力を使ってもいい。あれを倒してくれ)


(は、はい!)


 伝わってきたイナホの状況――それとキングレックスの傷――ライトは一瞬で判断して、時間を進める。

 二人は着地して、その勢いのままリューナは剣で攻撃した。


「はぁッ!!」


 ギンッ――とキングレックスの身体に弾かれた。

 異常な皮膚の硬さをしている。

 しかし、移動魔法の勢いと、魔力を潤沢に使えるリューナの強撃は巨体を押し飛ばしていた。

 これで追っていたらしい獣人たちのところへ行かせずに済んだ。

 そして、もう一人の幻想英雄が目に入った。


「よくぞ耐えました……イナホ……!」


「起きるのが遅くなった、ごめん」


「ふふ……あたしは役目を果たせたかな……〝名も知らオーぬ召喚者ナー〟」


 倒れていたイナホは見るも無惨な姿だった。

 ライトはそちらに駆け寄りたかったが、怒り狂ったキングレックスが大地をズシンと震わせながら迫ってきていた。


「くっ、私の剣を弾き、涼しい顔をしているとは……」


「いや、ダメージ自体は通るはずだ。リューナ、雷魔法を試してみてくれ」


「わかりました! 【初級雷魔法:ゴロピカ】!」


 天が輝き、一筋の稲光がキングレックスに突き刺さった。

 キングレックスは一瞬だけ動きを止めたのだが、そのまま何事もなかったかのように移動を再開した。


「だ、ダメです! どうすれば……」


「そうだな……」


 ライトは空から観察した地形と、イナホが付けてくれたであろう傷、それとリューナの言葉を思い出しながら一つの奇策を思いついた。

 成功率は高くなく、失敗したら二人とも助からないだろう。

 気がおかしくなりそうなのを大声で誤魔化す。


「よし、逃げるぞ!!」


「えぇっ!?」


 ライトは回れ右して一直線で走った。

 リューナの手を掴んで、問答無用でこっちにこいという感じだ。

 そして――そのままブービートラップとして用意されていた〝大きな落とし穴〟に落ちた。


「ぷ、プレイヤー!?」


 一緒に引きずり込まれるような形になったリューナは大声をあげた。

 ライトは先客の気絶している兵を踏み付けながらも、リューナに小声で指示をする。


「――というのをやりたい」


「え……それ本気ですか? プレイヤーも危険ですが……」


「ああ」


 言葉少なげだが互いに真剣な表情だった。

 召喚士のしもべである幻想英雄だけではなく、召喚士本人であるライトが命を懸けようというのだ。


「下手したら死にますよ? それなら、私だけが消滅する手段を――」


 ライトは首を振った。

 リューナとしては、命令なら逆らうことができない。


「来たぞ!」


「ああ、もう!」


 大きな落とし穴を覗き込んできたキングレックスが見えた瞬間、リューナは魔法を唱えた。


「街へ――【移動魔法:ブクマール】!」


 ライトとリューナは密着した状態で飛び上がった。

 触れ合っているために魔力を最大限供給できる。

 そのまま上方へ超加速している二人の先――落とし穴を覗き見ているキングレックスがいた。


「だりゃァァァア!!」


 速度によって倍増された威力でリューナが剣を突き立てる。


『ゴゥギャアアアアアアアア!!』


 キングレックスの〝誠心の戦斧〟の傷痕と同じ場所を斬り割き、直後に剣を避雷針として――雷魔法を体内に向けて連打した。


「喰らええええええ!!」


 全魔力を消費する勢いで撃ち尽くす。

 キングレックスは再生する前に、柔らかい内側を沸騰させて消滅。

 甲高い音を立てて召喚の魔石も割れていた。

 内心喜んだリューナだったが、現在の状況は――


「ちゃ、着地しなきゃ……」


 ブクマールの最中にキングレックスと衝突したために中途半端に推力が失われ、空中でバランスを崩していた。

 そのままライトを庇うようにして急降下。

 地面へ激突するのだった。


「いたた……プレイヤー、無茶をしますね。私だけでよかったのに」


「俺から離れたら威力が足りるかわからないし、それに攻撃を外していたらリューナだけ街に飛んでいって魔力供給が絶たれて消滅しちゃうじゃないか」


 ちなみに目標地点を街としたのは、距離が遠いために勢いをつけられるからだ。


「幻想英雄は死んでも記憶や経験がリセットされるだけです。もっとご自身を大切になさってください……。あ、それとキングレックスが何かをドロップしましたね。これは生地でしょうか……って、プレイヤー、どこへ!?」


 リューナの話も聞かず、ライトは立ち上がると走って行ってしまった。

 行き先はイナホの下である。


――――――


 あとがき

 今日は夜にもう一話投稿します。

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