孤高の牧場主、告白する

 イナホは、ライトが寝かされた粗末なベッドの前に座っていた。

 うつむいた顔は影が落ち、長い前髪は虚ろげな眼を隠している。


「オーナー……」


 あのとき、魔力の使いすぎで気を失ったライトは、使われていない家に運び込まれていた。

 リューナは倒れた原因をイナホに告げたあと、領主が引き連れてくる三百人の兵のことを獣人と相談するために出て行ってしまった。

 今、家の中にいるのは泣きそうな顔をしているイナホと、気を失ったライトだけである。


「なんで……こんなに無理をしたんだよ……バカ……」


 本当はわかっていた。

 獣人のために全力でスキルを使ってほしいために、イナホに気を遣って辛いのを黙っていたのだ。


「オーナーは嘘つきだ……あたしのおじいちゃんみたいに……」


 イナホは、何も答えないライトに向かって話し続ける。


「あたしも、黙っていたことがあった。人間が嫌いな理由……クリア後の記憶……」


 独り言のように吐露していく。




 ***




 イナホ・マルは自覚なく、ゲーム『さよなら、都会の生活』の世界に生まれた存在。

 優しい家族にはぐくまれ、スクスクと成長した。

 イナホ自体も優しく穏やかな性格に育ったが、それが災いして学校で虐められても反撃できずに我慢してしまった。

 家族に心配もかけたくないし、虐めてる相手もいつか――わかってくれる。

 そう善良な心で信じていた。

 まだ人の心を、自分の心を信じられていた。


 しかし――


「イナホさん……今、病院から連絡があって……そのね、落ちついて聞いてください」


 先生から知らされた、家族全員の死。

 イナホは何かの間違い、もしくは夢だと思った。


「嘘だ……こんなの嘘だよ……」


 家族の遺体と対面しても悪夢は醒めない。

 彼女は現実として受け入れるしかない。

 自分のすべてであった家族が死んだ。

 みんな死んだ。

 イナホの〝信じる心〟を支えていたモノは崩れ去り、残ったのは学校で虐められている自分。

 もう何も我慢する必要はない。

 むしろ、この世にさよならするために後押ししてくれている。

 残酷な世界を信じられなくなって、人間が大嫌いになって、幼い少女が生きている意味など見いだせるはずもない。


 ――ここまでが普通はゲーム内で明かされないバックボーンだ。

 あまりに陰鬱すぎて語られることはないが、作中でそれらを臭わせる会話は出てくる。


 そして、ここからがゲームのオープニング。

 一通の手紙が来て、イナホは田舎の牧場へいざなわれることになる。

 離れて暮らしていた遠縁のお爺ちゃんが、自身が経営する牧場をイナホに手伝ってほしい……ということらしい。


 そこからイナホは森の動物と仲良くなったり、牧場で働くことによって心の傷を癒やしていくのだ。

 もちろん、ゲーム内の出来事なのでチートのようにポンポンとテンポ良く、牧場だけではなく畑から家作りまで手際よくこなしていった。

 時にはイベントで池に斧を落として、湖の精霊と会話をしたりもしたが、イナホは変だとは思わなかった。

 その世界では、それが普通という認識になるのだ。

 何にせよ、イナホは再び世界を信じることができるようになった。

 希望を胸に牧場で生きる少女。


 だが――ゲーム内でそれを見つけてしまった。

 開けてはならないクリア後の扉、スタッフルーム。


「開発者……丸井菜穂まるいなほ?」


 どこかイナホに似た、OLのような女性が一方的に語り始める。


『は、初めまして……このゲームを購入してくださったオーナーの皆様。あ、あたしの名前は丸井菜穂。このゲームの主人公であるイナホのモデルとなった人間です』


「な、何を言って……。あたしがゲームキャラ……?」


『これを見ているという事はクリア後ですよね。もうお爺ちゃんとも仲良くなれたでしょうか。実は、そちらにもモデルがいるんです』


「お爺ちゃん、ゲームの外にもちゃんといるんだ……」


『癌との闘病生活で苦しんでたお爺ちゃんだけど、潰れた牧場跡にある墓前にこのゲームを備えたいと思います』


「……え? お爺ちゃん……死ん……で……牧場も……潰れ……」




 ***




「どう……? 滑稽でしょ、オーナー……?」


 イナホの声は酷く怯えていた。

 息を吐き出すのもやっとという感じだが、それでもライトの服の袖をギュッと掴んで勇気を出した。


「牧場の持ち主であった〝おじいちゃん〟も本当にいたの……。でも、心配させまいと秘密にしてた癌で死んじゃってた。子ども一人じゃどうすることもできずに……牧場も潰れた。未来のあたしは――また、ひとりぼっちになっちゃってた」


 仰向けに寝ているライトに、イナホは身体を預けた。

 体温、呼吸が伝わってくる。


「こんなに暖かな人間でも呆気なく死んじゃう……それが怖かった。ゲームの世界なら死なないと設定されていれば平気だけど、外の世界は違う……。おじいちゃんみたいに、また誰かが死んじゃうのは怖かった」


 イナホは素直な気持ちを告白する。


「仲良くなってしまうのが怖かった。でも、オーナー――ライトと仲良くなってしまった。おじいちゃんと似た優しさを持つあなた。再び信じられる大切な人。もう……死なせはしない。魔力が供給されなくったって、残されたすべてを使えば独りでも……足止めくらい」


 覚悟を決めて、立ち上がった。


「今まで無理をさせて、ごめんね。こんなあたしに優しくしてくれて、ありがとう。たぶん、もうこの〝イナホ〟には会えないと思うけど、次のあたしにも優しくしてくれると嬉しいな」


 強い意志を込めた笑顔で微笑んでいた。


 孤高の牧場主は、たった独りで三百人の兵と戦うために、扉を開けた。

 一歩前へ――進んで外に出たのだが、そこには壁にもたれ掛かっている、とある人物が待っていた。


「イナホ、独りで戦いに行く気ですか? 私の得意分野で抜け駆けは許しませんよ」


「リューナ……それにみんな」


 フッと笑う竜の勇者の後ろには、村の獣人たち全員が集まっていた。


「これはオレたちの戦いだ! イナホさんだけに任せちゃおけねぇ!」


「何でも言ってくれ! 武器はなくても獣人の身体は頑丈だぜ!」


「あくどい領主をやっつけてやろう!」


 イナホはその光景に立ち止まってしまった。


「み、みんな!? これはとても危険で、死んじゃうかもしれないんだよ!? あたしだけ囮になって、他は逃げ――」


 その震える声に、ラ・トビが前に出てきて答えた。


「イナホさん。ボクたちも死ぬのは怖いです。未だに家族の死に立ち直れない者もいます。……でも、誰かが命を懸けて何かをしてくれているのに、黙って見ているのはできません! こんなボクたちでも、獣人の誇りがあります!」


「ウサギさん……」


「アナタたちは、もう盟友です! これからは手となり足となりお役に立ちます! だから、どうか一緒に戦わせてください! そのためなら死も覚悟しています!」


 イナホは目を閉じて心を落ちつかせた。

 一呼吸してから、黒真珠のような瞳を燃え上がらせた。


「わかった、協力してほしい。オーナーを、この村を守るために」


「はい!」


「だけど、みんなを死なせる気はない。お爺ちゃん仕込みの知恵で勝負しよう」

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