召喚士、数十人分の家を一日で作る
イナホは順調に村の焼け跡を撤去していった。
魔力消費が激しくて休んでいたライトに話しかけてくる。
「ねーねー、オーナー? ちょっと付き合ってほしいんだけど……って、あたしが頑張ってるのに休んでるって酷くない?」
「あ、ああ。ごめん」
事情を知らないイナホからすれば、ライトは怠けているように見えるのだろう。
見かねたリューナが間に割って入る。
「そんな言い方ないでしょう、プレイヤーは――」
しかし、ライトはそれを止めた。
今、イナホに魔力を気にされては、村作りに支障が出るかもしれないからだ。
「いいんだ、リューナ」
「しかし……」
「ええと……それでイナホ、俺は何をすればいいんだ?」
イナホは面倒くさそうな顔をして答えた。
「家の焼け跡を〝リサイクル〟して建築素材にしてたんだけど、足りなくなってきちゃった。だから、森で木材――ついでに石材や粘土質の土とかを採りに行きたいのよ」
イナホの斧で振り下ろした物を素材にするスキルは、対象物が劣化していると素材回収率が下がるのだ。
十軒の家を解体して、そのまま十軒の家を新しく作るようなことはできない。
「わかった、森に行こう」
「で、では私も――」
「いや、リューナは念のため村にいてくれ」
ライトはフラつく身体にむち打つように、笑顔を見せて立ち上がった。
日々努力を続けてきただけあって、我慢強さは人一倍強いのだ。
***
コーン、コーンと木を伐採する音が森に響き渡る。
太い針葉樹に斧を数度入れると、簡単にブロック形の圧縮素材になっていく。
イナホはそれを、ポイポイとオーバーオールの前ポケットに入れた。
「さすがだな……一瞬で加工や乾燥の手間を省いて、すぐ使える木材にしている。それに、明らかにポケットのサイズより大きな物が入っていってる……」
「よくぞ気が付きました、オーナー。このポケットは見た目以上に物が入るのよ。村に残ってくれたリューナが持ってた〝布の袋〟みたいな感じ」
「なるほど。そっちの世界の基本装備みたいなモノなのか」
ライトに受け答えしながら、イナホは小気味よく木材を仕入れていく。
しばらく進んだところで、次のターゲットである岩を発見した。
「本当はつるはしが欲しいけど……節約ということで斧~!」
手にした斧でガツンと叩き割った。
砕け散った岩は、木のときと同じようにブロック状の圧縮素材になって、ポケットへ詰め込まれていった。
岩を軽々砕くとは物凄い腕力である。
そのまま木材、石材のブロックを大量生産していく。
「すごいな。普通の人間がやったら、加工も含めて数十日はかかりそうな量だ……」
「そ、そう? すごい? こんなあたしでも役に立てるのは、ちょっと嬉しいかな……うん……」
どうやら、イナホは極端に自己評価が低いらしい。
自己評価が高すぎても付き合いにくいが、現状は謙遜しすぎに見える。
「……って、オーナー、何か疲れてない?」
「い、いや。大丈夫」
「も~、働いてるあたしより疲れてる顔をして~」
イナホは重労働にも関わらず、疲れた様子を見せていない。
それもそのはず。
イナホは魔力供給を受けているので、疲労の大半はライトが肩代わりしているのだ。
さすがにライトが辛さを我慢して取り繕っても、表情に出てしまうほどになってきた。
「ほら、オーナー。これでも食べて元気出しなよ」
「あ、ありがとう」
イナホがポイッと投げてきたのは野いちごだ。
そこらへんに生えていた物だろう。
ライトはそれを受け取ると、口の中に放り込んだ。
「ん……甘酸っぱくて美味しいな」
魔力切れ間際で気が付かなかったが、どうやらすごく口の中が乾いていたらしい。
疲れた身体に甘い果汁が染み渡る。
「あたしが疲れたときにも、森の動物たちが野いちごをくれたの。……って、あたしの世界の動物さんたちのことなんだけど」
「それと同じように俺に? 優しいんだな、イナホは」
「や、優しくない! 人間は嫌いだし! ……ただ、オーナーが獣人さんを身体を張って守っているのを見たから……ご褒美! というか……その……お礼……というか……みんなの前じゃ恥ずかしくて……言えなくて……」
「俺は身体を張ることくらいしかできないからね」
ライトが切り株に腰掛けると、イナホも恐る恐る横にポフッと座った。
そこで、ライトはふと疑問に思った。
なぜ、こんなにも心優しいイナホが、人間を嫌っているのか。
リューナのときも〝プレイヤー〟が嫌われていることはあったが、今回はもっと広く〝人間〟という種族レベルである。
「イナホは、どうして人間が嫌いなんだ?」
「あはは……オーナーは直球で聞いてくるね……。素直で正直で明るくて、あたしとは絶対に合わないタイプだわ……」
イナホは溜め息を吐くと、ゆっくりと話し始めた。
「学校で虐められてた。この世界よりもっと発達した世界、息苦しい日本ってところ。……それでも優しい家族がいたから、大丈夫なフリをして耐えて耐えて……。でも、家族が事故で亡くなっちゃった。すごく呆気なく」
「イナホ……」
「もう、耐えることなんてないかなって、そのまま後を追おうとしたの。……けど、田舎で牧場を営んでいたお爺ちゃんが引き取ってくれて、そこから牧場生活がスタートした――っていうのが、あたしの〝世界観〟ってやつ。笑っちゃうよね、作り物の記憶がすごく辛くて、それがとても大事なことでもあるだなんて」
イナホは笑いながらも泣きそうな表情を見せていた。
まだ十歳程度の少女が、そんな顔をしなければいけないなんて――とライトは何か胸にこみ上げてくるものがあった。
「笑わない。たとえ作り物だとしても、それはイナホの大切なモノだ。人間が嫌いなことも、動物が好きなことも、今までイナホが経験してきたからであって……俺は絶対に笑わない」
「……ば、バカじゃないのオーナー。なんで、そっちが泣きそうになってるのよ。ただのキャラ設定ってやつを語っただけなのよ。くだらない……ホントにくだらない」
ライトから見えないように、イナホは袖でグイッと涙を拭ってから立ち上がった。
「ほら、次は粘土質の土を探しにいくよ! オーナー!」
「あ、うん」
イナホが差し出してきた小さな手に、少し距離感が縮まったような気がした。
架空の存在であっても、その触れた手は柔らかくて温かかった。
実在の定義はわからないが、イナホ・マルという牧場の似合う優しい少女は、たしかにそこに存在していた。
「うちのおじいちゃんみたいな頑張り屋さんの手で好きかも……」
「ん? イナホ、何か言った?」
「な、何でもないわよ!」
――その後、入手した素材で獣人たちの家をすべて完成させたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます