召喚士、野盗集団を無傷で撃退する

「に、人間の冒険者が開拓団の護衛を受けてくれたじゃと!?」


 ライトは依頼のために獣人のキャンプ地へやってきたのだが、人間ということで驚かれていた。

 周囲を見渡すと様々な獣人がいた。

 耳だけ獣っぽい者もいれば、モフモフの体毛を持ったケモ度高めの者もいる。


「あらためて自己紹介します。ボクはラ・トビです。そして、こちらが――」


「団長のド・シュナウですじゃ……。本当に護衛を引き受けてくださるのですか?」


 街で助けた兎耳の少年がラ・トビ。白い兎耳以外は人間に近い。

 それに比べて団長のド・シュナウの方はケモ度高めの犬獣人だった。

 黒と灰色の体毛がモフモフで、顔も犬そのものだ。

 立派な髭と眉毛でお爺ちゃんに見える。


「もちろん、護衛を引き受けるためにやってきました。俺はライト、こっちはリューナです。冒険者ランクは――ええと、つい先日冒険者になったばかりで不慣れですが、頑張ります」


「おぉ……何という奇跡……。これも女神イズマ様のお導きか……」


 リューナは女神イズマに導かれてやってきたらしいので、ある意味あっていた。

 それにしても――と、ライトはキャンプ地を見渡した。

 テントはボロボロで、物資も乏しい。

 食材もしなびているように見える。

 数十人いる獣人たちは薄汚れていて、ライトに疑いの眼差しを向けている。


「す、すみません……こんな場所で……。みんな、人間が怖いんです……」


「えーっと、ラ・トビ――」


「あ、トビとお呼びください。獣人の名前は独特で、ボクの名前は『ラ部族のトビ』という意味です」


 それなら、きっとド・シュナウは『ド種族のシュナウ』という意味なのだろう。

 一つ、物知りになってしまった。


「俺は閉じこもって鍛錬ばかりしてたから知らないんだけど、人間と獣人ってそんなに仲が悪いのか?」


「かなり険悪ですね……。一方的に人間に迫害されているともいえますが……。ボクが人間の冒険者に助けを求めようとしたのも止められて、一人で街に行ったくらいです」


「なるほどな……」


 たしかに、歓迎されている雰囲気ではない。

 いつもの無口モードに入っていたリューナが、言葉を漏らした。


「どうします? 素性を明かしてみますか?」


「いや、実際に働いて信頼を勝ち取るさ」


 ライトたちは、まだトビにしか冒険者ランクを明かしていなかった。

 少し前までは冒険者ランク1だったから期待されすぎても困るというのもあるし、下手に外部までランクが伝われば襲撃者に護衛対策をとられてしまうからだ。




 ***




 次の日、明るくなったらすぐ獣人開拓団の馬車を進ませた。

 森の中、ライトは荷台にゆられながら依頼内容を整理していた。


 まず、この獣人開拓団についてだ。

 元々は獣人に理解のある小国の森に住んでいたのだが、ゴブリンキング“グアゾ”によって追い出された。

 グアゾが去ったあと、元の森に戻ろうとしたのだが、新たな統治者は獣人を嫌った。


 そこに手を差し伸べたのが、イズマイール王国の領主の一つギリッシュ家だ。

 ブルーノ・ギリッシュの家でもある。

 金と引き換えに、まだ住める廃村を用意してやろうと交渉してきたらしい。

 藁をも掴む思いで、獣人たちは話に乗った。

 それからイズマイール王国に辿り着くまで、随分と苦労したらしい。

 迫害されることは日常茶飯事で、運悪く野盗に出会えば奴隷として売られる。

 この獣人開拓団の数十人も、それらを生き残ってきた者なのだ。

 

「まぁ、そんな状況だったなら、人間が嫌いになるのも当然か」


「そうですね。世界には善人と悪人がいるとしても、悪意にばかり晒されたのなら人間を信じられなくなるでしょう」


 荷台の隣に座っているリューナは、どこか獣人たちに共感しているようだった。


「誰一人欠けさせず、みんなで暮らせる新天地に届けてやりたいな」


「トビの“銀の円盤”のためですか?」


 ライトは思い出していた。

 トビが持つ“銀の円盤”を交渉したときのことを。

 それは道中で亡くなったトビの父親の形見で、大切な物らしい。

 でも、獣人全員を送り届けてくれるのなら……という条件で成立した。


「いや、みんなのここまでの努力を実らせてあげたいだけだよ」


「そういうことを言えてしまうから――」


 ――私のプレイヤーとして相応しいのですよ、というリューナの嬉しそうな言葉は、風の音にかき消された。


「ん? 何か言ったか? 聞こえなかった」


「い、いいえ! 『そういうことを言えてしまうから、まだまだ護衛が不慣れなダメなプレイヤーなんですよ』――と言おうとしただけです!」


「う……なんだか酷いな。でも、たしかに護衛クエストは初めてだ……。実際、野盗が待ち伏せしていて、複数方向から襲ってきたらどうすればいいのかわからない」


 この草木が生い茂る森の中だ。

 道を進む馬車八台は丸見え、その一方で野盗はどこに潜んでいるかわからないし、一瞬で的確な判断ができるはずもない。


「プレイヤー、不安げな顔をなさっていますね。しかし、そこは私の力を信じてください」


「リューナを……?」


「私を信じるということは、それを喚び出したプレイヤー自身も信じるということです。大丈夫、気休めではなく、二人ならかなりの状況に対処できます」


「わかった、信じるよ。絶対にみんなを守り抜こう」


「はい!」





 それから、どうしても避けられない野盗が出没しそうなルートに入った。

 八台ある馬車を守るためにリューナが前方、ライトが後方で警戒する。

 獣人たちも毛を逆立てたり、尻尾をピンと伸ばして神経を研ぎ澄ませていた。

 そして――時が止まった。


(この感覚は……)


【プレイヤー共有スキル:思考加速ターンスイッチ】――発動中。


 例のスキルが勝手に発動していた。

 まだ慣れていないので驚いてしまう。


(プレイヤー、指示をお願いします)


 前方にいるはずのリューナからの思念が届く。

 ライトは思い出した。

 このスキルが発動しているということは、すでに攻撃されているのだ。

 認識外からの攻撃にも反応するとは、恐ろしく強力なスキルだと感じる。

 強敵を相手にしたチェスのように注意深く、周囲を観察する。

 肉眼で見ようとすると、眼球も首も動かせないので視野が狭い。

 何とか見る範囲を広げようとすると――


(見える範囲が広がった……!?)


 空飛ぶ鳥が見るような、俯瞰視点もできるようになった。

 これにより、上下左右前後が把握可能だ。


(さてと、敵は――……いた)


 馬車の横っ腹を狙おうとしている野盗が、道の左右から5人ほど見える。


(リューナ。そっちから見えないが、四番の馬車の右から二人、五番の馬車の左から三人来ている。装備はマントの下に甲冑、ロングソード。頼めるか?)


(この竜の勇者にお任せを。プレイヤーの指示で発揮される、本来の力をお見せしましょう)


 チェスでたとえるのなら、自らのコマが二つしかない状況だ。

 しかし、どのコマよりも強いリューナとなら何でも出来そうな気がする。


(それと――)


 森の中に魔法を詠唱している者がいる。

 見たところ詠唱に時間はかかるが、その分強力な中級魔法らしい。

 発動されたら、獣人ごと数台の馬車が粉々になるだろう。


(俺は後方に潜んでいる魔法使いを倒しに行く)


(わかりました。ご武運を)


(……それと、できれば相手は殺さない方がいいかもしれない)


 ライトは何か引っかかっていた。

 野盗にしては装備が整いすぎているし、中級が使える魔法使いまでいる。

 この相手は野盗に偽装した何かのような気がする。

 ここで立場の弱い獣人側が人間を殺してしまうと、今後どう響くかわからない。

 尋問して情報を引き出すという目的もある。


(プレイヤーの判断にお任せします。私はあなたのモノなのですから)


(その言い方は誤解を招くからね、ほんと……。じゃあ、いくぞ!)


【プレイヤー共有スキル:思考加速ターンスイッチ】――解除。


 ライトが動き出した風を感じた瞬間――前方の方でリューナが跳んでいた。

 馬車から馬車へと飛び移り、一瞬で野盗の上方を取った。


「へ……?」


 その予想外の動きに、野盗は間の抜けた声しか出せない。

 ゴブリンキングのグアゾを倒すほどにレベルが上がっていたリューナにとって、この程度は造作もない。

 野盗たちは馬車にたどり着くことなく次々と昏倒させられていった。


「さすがリューナだ。俺も頑張らなくちゃな」


 一方、ライトも走っていた。

 目指すは中級魔法の詠唱を終えようとしている魔法使い。

 ここで止められなければ、多くの獣人に犠牲者が出るだろう。

 腰の位置まである深い草むらを掻き分け、必死に進もうとする。

 だが――


「くそっ、事前の知識だけじゃわからなかったけど、かなり足を取られるぞ……! 間に合わないか!?」


 ライトは明かりの魔法しか使えないし、手持ちの武器も杖とナイフ一本だ。


「一か八かだ。やるしかないか……!」


 ライトの趣味の一つはボール投げ。

 何かを投げて、飛距離や速度が少しずつ伸びて努力が見える感じが好きだった。

 今はボールではなく、ナイフを手に持つ。


「当たれ……ッ!!」


 魔法使いとライトの直線、木々の隙間に僅かな射線が通った。

 そこを狙い、手首のスナップを利かせて、思いっきりナイフを投げる。

 手から金属の重さが離れる。

 ヒュッと音が響き、一条の光となって空気を斬り割く。


「ぎゃっ!?」


「女の声……?」


 見事、魔法使いの右腕にナイフが突き刺さった。

 魔法使いは舌打ちをして、そのまま逃げてしまった。

 ライトは追うか迷ったが、戦力的に自分だけだと返り討ちに遭うと冷静に分析していた。

 それにリューナと離れすぎると主従契約の魔力が弱体化してしまう。

 今はいったん戻ることにした。



――――――

あとがき

ライトの趣味はチェスとボール投げです。

チェスは元婚約者でもあり、聖女姫殿下と属性過多なソフィと一緒に。

ボール投げは一人で黙々とやっていました。


今は亡き日本からの勇者がチェスのルールを持ってきたのですが、野球は伝わっていないようです。

野球ゲームのディスクから幻想英雄を召喚したら、隠れた才能が引き出されそうですね。

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