召喚士、獣人開拓村の護衛依頼を受ける
【プレイヤー共有スキル:
(何だこれ……?)
時間だけが止まり、思考だけが動いていた。
混乱していると、リューナの声が聞こえてきた。
(これは私が覚えたスキルですね。今までのスキルと違って、プレイヤーと共有するタイプのものです)
リューナの声――正確には脳内に直接響いてくるテレパシーのようなものだ。
視界内にいたリューナの口が動いていないため、それが確認できる。
(これは思考を共有しているのです。間違って変なことを考えると伝わってしまうので注意です。あの串焼きの店おいしそう)
(よーく理解した)
ウィンドウにスキル説明欄が出てきた。
どうやら戦闘が始まると自動発動して、思考のみを加速するものらしい。
時間が止まって見えるのも、そのせいだ。
(これは……使いようによっては非常に強力なスキルだな)
単純に、相手を観察して無限に考えてから戦闘開始できるのだ。
それはまるでライトが得意とするチェスのようだ。
そのアドバンテージは計り知れない。
殴りかかってこようとしているブルーノは、練習として丁度良いかもしれない。
(強力な攻撃ほど
それは戦闘訓練で教えられた言葉だ。
威力のある魔法の矢は直線で飛び、強力な斬撃も直線をなぞる。
強ければ強いほど、急に曲げるのは難しい。
つまり、目の前のブルーノによる強力な右ストレートも、直線の軌道で先を読める。
それをじっくりと観察してしまえば、最小限の動きで避けることができる。
【プレイヤー共有スキル:
時は動き出す。
「オラァァァ! 喰らえライトォォオオ!!」
「よっ……と」
ブルーノの超高速の右ストレートを、ライトは軽々と躱した。
「なッ!?」
ついでに足を引っ掛けて、ブルーノの巨体を転ばせていた。
豪快に地面にぶち当たり、ホコリを巻き上げる。
「おいおい、急に殴りかかってくるなんてどうかしてるぞ。ブルーノ」
無様に倒れているブルーノは何が起こったのか理解できなかった。
目の前にいたはずのライトが、まるで攻撃がくるのをわかっていたかのように、スッと紙一重で避けたのだ。
「くそっ、どうやらオレも調子が悪いらしい……。まさか運悪く足がもつれるとはな。だがぁ、二発目で――」
「その前に、ステテコパンツ丸見えなのをどうにかした方がいいんじゃないか?」
「あぁん?」
ブルーノは指摘されて、なにか腰がスースーしているのに気が付いた。
下を覗き込むと、ズボンのヒモが解けて、下着が丸出しになっている。
「うおぉぉ!?」
「やっぱりどうかしてるぞ。宮廷召喚士なら腰紐くらいしっかりと結んでおけよ」
「く、くそ! 今日は本当にツキがねぇらしい! 覚えてろよ!」
ブルーノは周りのギャラリーに下着を晒してしまった羞恥心で、顔を真っ赤にして逃げていった。ズボンを持ち上げつつ、情けなく小走りで。
その無様なブルーノを見送りながら、リューナが話しかけてきた。
「いい気味でしたね、プレイヤー。スキル初使用なのに、ズボンのヒモまで解いてお見事でした」
「まぁ……少し言いにくいけど……始めてやり返せて楽しかった気もする」
「でも、やろうと思えば、もっとやれましたよね? 顔面にカウンター、ついでに金的と眼球を潰すこともできました」
「えぐい……」
リューナは腕を組みながら、憤りを表していた。
「当然です! 私のプレイヤーがバカにされたんですよ! 直接、剣の錆にしてもよかったくらいです!」
「そうか、俺のことで怒ってくれてたのか……」
リューナはハッとしたあと、プイッとそっぽを向いた。
「ち、違います! 前にも言いましたが、私はプレイヤーが嫌いで嫌いで大嫌いなんです! 変な勘違いは止めてください……っ!」
「ご、ごめん……俺のことそんなに嫌いだったのか……」
鍛錬しかしてこなかった朴念仁のライトにツンデレは通じなかった。
リューナは言い過ぎたと反省した。
「で、ですが私は寛容な竜の勇者です。あとで串焼きを買ってくだされば許してさしあげましょう」
「わ、わかった……絶対買う、串焼き……」
ブルーノとの決着が付いたところで、ライトは獣人の子どもの方へ近付いた。
「大丈夫かい?」
「ひっ!?」
獣人の子どもは兎耳をビクンとして、人間のライトにおびえを見せている。
殴られて折れてしまった鼻が痛々しい。
「リューナ、薬草ってまだある?」
「ありますが……あまり人前で使わない方がいいのでは」
強力すぎる薬草は目立ってしまう。
しかし、傷を負った子どもが目の前にいるのだ。
ライトは躊躇しない。
真っ直ぐな眼でリューナを見つめる。
「……そうでしたね、そういう方でした」
ライトは薬草を受け取ると、獣人の子どもを治療した。
薬草の効果は抜群だった。
「良かった。傷は残っていないようだ」
「えっ!? 傷が一瞬で治った……!? そんな高級な品……ボクのためなんかに」
「気にしないで。そんなことより、何でブルーノと揉めてたんだい?」
「それは――」
獣人の子ども急にションボリと兎耳を垂らして、ポツポツと理由を話し始めた。
――どうやら、獣人たちの護衛を冒険者ギルドに頼みに来たようだ。
しかし、報酬の金額が少なく、護衛難易度が高いために断られ続けたそうだ。
それに獣人のために命を賭けるという冒険者も少ない。
そのため冒険者一人一人に直接、話をして交渉していたという。
「それで機嫌の悪かったブルーノと運悪く……なるほどな」
「あ、あの……ダメ元ですが……もしよかったら……」
「受けるよ、クエスト」
「えっ!? いいんですか!? 冒険者ランク6のあなたが、ボクたち獣人なんかのクエストを受けて……」
「相手が誰だって関係ない。困ってる人を見過ごせないのは当然だろう?」
ライトは屈託のない笑顔で言った。
「プレイヤー、素面でそんなことを言い放てるとは……」
「な、何か変だったかな?」
「いいえ、私もクエストを受けた方がいいと思ってましたから。だって、ほら――」
リューナは、獣人の子どもが身につけているアクセサリー――新たな“銀の円盤”を指差した。
「それも報酬として交渉できるのなら破格です。ブルーノは知らず知らずの内に失敗を積み重ねてそうな奴ですね」
何の変哲もない、本来は誰もが持ちうる善行や努力をする。
それがライトとブルーノの差かもしれない。
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