第6話 ようこそユグドラシルへ

「無色、か・・・」


マーケットの通りを歩きながら僕はぼやく。


あの後、今までに例のない結果がでたおかげで少し店の方に迷惑をかけてしまったのだ。


最初対応してくれていた店員さんはまだ働き始めて日が浅かったらしく、奥から店長らしき獣人が出てきたときは少し驚いた。

豚を思わせる耳と鼻を持った獣人の店長は「これはあっしも今までに見た事ない結果すねぇ・・・」と言っていたので、本当に珍しい結果らしい。

とりあえずギルドの方に伝えておくっすね、と言われたので今すぐに結果がわかるということはないようだ。

流れでそのままお礼を伝えて、あまり品物を見る事もなくお店を出る事になってしまった。


結果を聞くためにも、またすぐ来る事になりそうだ。


というかここギルドあったんだな。


この時空はとてもゲーム!って感じのする要素が多くて、いちいち気になることがたくさんで少し困る。

それほど長居もできないし、するつもりもないのだから。


「すごい事になったね。私もあの色になるのは初めて見たよ」


「そんなに珍しい結果なんだね。僕もさすがに驚いた」


「だって普通は六色のどれかで、さらにたいていの人は白に輝いて落ち込むんだもん」


「そんなにたくさん検査見てきたの?」


「ううん、私が連れてきたのはユーリク合わせて3人だよ。私よくあの店行くから、たまに検査してる人を見るの」

「そっか、まさかあんな事になるなんて思わなかったな・・・」


誰だって自分の魔法適性が先例のないものだなんて思わないだろう??


風魔法なら空を飛べたし、火や水の魔法でも色々としてみたいことはあったので、あの結果はとても残念だが、そうなった理由に心当たりがない事もない。

実際、魔法と呼ばれるもの———-正確にはそれに近いものが使える。


分類としては無属性なのだろうが、この時空には無属性の使い手がいないのだろう。


「とりあえず結果は気になるけど、今は宿屋の清算に行こ!」


「そうだね、さっさと目的達成して買い物再開しようか」


「よーし、しゅっぱーつ!!」


「・・・お、おお———-・・・?」


リノは元気よくそう宣言して前を向いて歩き出したかと思うと、180度ターンしてこちらを向いてきた。

「・・・ん?」


「はい!」


そう言ってリノは、なぜか満面の笑みで右手を僕に差し出してくる。


数瞬遅れてリノの行為の意味に理解が追いつく。


「・・・え、いやいやいやいや! いいよもう大丈夫だから」


僕は全力で首を振ってお断りしようとするが、リノはそんなことは関係ないと言わんばかりに「いいから早く行こ!」と言って手を掴んでくる。

先と同様、思いっきり前に引っ張られて体勢を崩しそうになるがどうにか立て直す。


僕の左手を握りながら、リノは鼻歌を今にも歌い出しそうな雰囲気で前を行く。


もう無理だ、どうとでもなれ・・・。


僕は諦めて、目の前を行く白髪の少女に宿屋へと連れて行かれるのだった。



結果から言うと、宿屋の清算は特に問題もなく終わった。


最初に三日間の予約をしていたのだから、いきなり今日、次の日はキャンセルでと言っても無理だろうと思っていたのだがそうでもないらしい。

最悪ロマノフの元に住み込むのは、宿屋の予約分を終えてからとも考えていたのでとてもありがたい。

どうにも急に団体客が入ったそうで、僕が出て行ってくれるのはとても助かるそうだ。


こちらとしても特に不満もなかったので、話はスムーズに進んで清算も終わった。


「・・・よし、じゃあこれから本格的にマーケットを見て回れそうだな」


「うん! よかったね、三日分の代金を請求されなくて」


「そうだね、僕も今はそんなにお金持ってなかったし」


「早く貧乏生活脱出しないとね!」


「うぐっ・・・、そうだねマスターのところで頑張るよ」


「たまに遊びに行くから、ちゃんと美味しい料理食べさせてね?」


リノはそう言いながら、笑って僕をからかう。


その姿はちょうど夕暮れ時、夕日の光と村の灯りがリノの白髪を輝かせて、とても魅惑的な印象を作り出していた。

リノの笑顔に何故か僕は懐かしさを覚え、見惚れてしまう。


懐かしさを感じる理由に心当たりはない。


だけど、その笑顔はどこかここではない、遠い場所で見た事がある気がしてならなかった。


「・・・どうしたの?」


気づくと僕はリノの顔を見つめていて、リノは不思議そうな顔で僕の目を見つめ返していた。


「いや、なんでもないよ。それよりもうすぐ日が暮れそうだ。早くマーケットを見に行こう」


「・・・? まあいいや、何から見たい?」


「うーん、じゃあ甘いものが食べたいなあ。いい店知ってる?」


「また食べ物じゃん。でも私に聞くとはお目が高い。美味しいアイスクリーム屋さんなら知ってるよ」

「案内任せるよ」


「了解!」


そんなやり取りをして、僕とリノは日が暮れ始めた今なお、買い物客で賑わうマーケットに紛れるのであった。


そして僕たちはマーケットを巡って、美味しそうな店を見つけては食べるのを繰り返していた。


アイスクリームにクレープ、カステラにゼリー。


途中で塩っけのあるものが欲しくなったのでじゃがバターを食べたりした。


アイスクリームを売っていた屋台の店員が牛の耳を生やした、筋骨隆々のおじさんだったのを見てまさかと思ったが、ちゃんとした農場の一角で飼われている家畜のミルクを使っていると聞いて安心した。


それ美味しそうだね、とリノが言っては僕のを持っていく。


最初は色々と意識したが、三回目にじゃがバターを取られたぐらいから、いちいち考えるのもめんどくさいと思い、なすがままとなってしまった。

そのあともランタンや服などが売っている雑貨店に寄ったりと、マーケットを満喫した。


「最後に行きたいとこがあるんだけどいい?」


「ん? ああ、構わないよ」


「じゃあ最後にとっておきの場所に連れてってあげる」


リノにそう言われて僕たちが着いたのは、村の様子が見渡せる高台だった。


「すごい、綺麗だ・・・」


「でしょ! 私のお気に入りの場所なんだ。秘密だよ?」


「どうして僕なんかに・・・?」


「・・・それは内緒」


リノは、どこか儚げな笑みを浮かべて僕にそう伝える。


いつものようなわざとらしさはどこにも感じられない。


高台にいるからか、冷たい風が僕たちに吹き付け、髪をなびかせる。


夜の村はオレンジ色の灯りが点々と建物を照らし、遠くには世界樹の陰が見える。


さっきまでいたマーケットの方ではまだ少し喧騒が響いている。


本当に綺麗な”フィールド”だ・・・。


ここにはどんな、壊さなければならない理由があるのだろう。


僕には全く見当も付かなかった。


「ユーリク、改めて今日はありがとう」


「むしろ僕の方こそ感謝すべきだよ。今日だけでどれだけ助けられたかわからない」


「ううん、本当に私の方こそありがとう」


そう言ってリノは、夜の灯りに照らされた村を背に両手を広げて僕に告げる。


「ようこそ、深緑と霧の立ち込める村 ”ユグドラシル” へ」



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