第5話 仕事の準備を始めるようです!

マスターのおかげで(ロマノフさんにはそう呼べと言われた)僕は、村の中でも比較的新しい外観の美しいカフェ ル・ナトゥラで働く事になった。

ありがたい事に、三食に加えて寝る場所まで用意してくれるというので、感謝で頭が地につきそうなぐらいだ。

この時空で食事にも寝床にもあてがなく、あったとしてもしばらくは安定すらしなかったと思うので、願ったり叶ったりな内容だった。

マスターの話によると、僕はフロアスタッフの仕事を任されるとのことだ。


カフェに来たお客さんを席に案内したり、注文を受けたりといった簡単な内容で、慣れてきたらそのうちはキッチンで料理を教えてくれるらしい。

僕はまだあのシチューしか食べたことはないので、このカフェがどんな料理を出すのか、どれくらいの種類のメニューがあるのかを知らないが、シチューを食べただけでも他の料理はかなり期待していい内容だと思う。

そんなこんなで、カフェのフロアスタッフとなった僕は今何をしているかというと、リノと一緒にカフェまで来た道を戻って宿屋に向かっている。

マスターが「とりあえずここに住むための準備をしなさい」と言うことなので、宿屋の精算とこれから生活していくための衣服や日用品を買いに行くのだ。

そのためのお金はどうしたかというと、これまたマスターが「最初の給料は前払いという事にしよう。その方が君も助かるだろう?」と気を利かせてくれたのだ。

もう山羊じゃなくて、神様だよなぁ。


本格的に仕事を教えてもらうのは明日からとのことだったので、今の自分に何が必要か、これから働いていくうえで必要なものは何かを考える。

色々と心の中でマスターへの感謝と今後のことを考えていると、進行方向にマーケットの影が見えてきた。

考え事をしていたらいつの間にかマーケットまで来てしまったようだ。


来た時には物珍しさの方が勝って気付かなかったが、マーケットは基本右側通行のようで、最初に通った時とは違った趣を見せる店がたくさん並んでいた。

自分から見て、マーケットの左側は食料品などの衣食住の食にあたる店が多く、右側には衣、住が中心の品を出している店が多いようだ。

ここを訪れているお客さんの流れに沿って歩いていくと、様々な服にランプ、机などの家具などたくさんのものが売られていて、なんだか不思議と心が躍る。

「ねぇ見てユーリク!あの服とかユーリクに似合いそうじゃない?」


リノもマーケットではしゃいでいるので、僕と同じ気持ちなのだろう。


ちゃんと働いたら、少しは好きな事にも使っていきたい。


できれば本を買える場所があるとありがたいな、【時空の雫】についても調べないとな。


そのためにも、これから頑張らないとな・・・。


「・・・うわっ!?」


「何ボサッとしてるのユーリク! 早く見て回らないと日が暮れちゃうよ?」


「わかった! わかったから手を離そうよリノ! 人が多くて危ないよ」


マーケットに並ぶ服やランプを見ながら思い耽っていると、急にリノに手を掴まれて引き寄せられた。

いきなり引っ張られたものだから、体勢が前に崩れて危うく転倒しそうなところをなんとか耐える。

「リノ、ボーッとしてたのは謝るから手を離そう。周りの人の目もあるから・・・」


「だーめ!ほっとくとぼけっとして他の人に迷惑かかるんだから」


どうやらリノは許してくれないらしい。


顔がまたしても熱を帯びてしまうので、リノに悟られないよう腕で顔を覆う。


握っている手に汗が滲んできているような気がするので、どうにかしてバレないようにしなくては。

さっき僕が変な声を出したせいで、周りの人の目もあって余計恥ずかしい。


こういう時ってどうしたらうまく手を離してもらえるだろうか。


誰かこういう時の対処法に詳しい人がいたら是非ともご教授していただきたい。


「ねぇユーリク、宿屋の精算は少し後でも大丈夫?」


「うん、それは問題ないけど・・・、どうかした?」


「せっかくマーケットに来たし、少し服とか部屋に置く家具とか見たいなーって」


「そういう事なら構わないよ。僕も少し見たいと思っていたんだ」


今はまだ、お昼を少し過ぎたぐらいで日も高い。


宿屋には夜のチェックインまでにキャンセルの申請をすればいいので、まだまだ時間はある。


お互いの目的が一致した事により、マーケット散策の案が可決されたのだった。


とりあえず、今来た流れに沿って歩きつつ気になった店があれば入ってみるということでマーケットを周る事になった。

少し流れに沿って歩いていると、リノが左手の人差し指で一つの店を指しながら「あのお店に入りたい!」と言ったので、そこに入る。

相変わらずリノの右手は僕の左手をガッチリとホールドしていて逃げられそうにない。


リノの手はしっかりと僕の手を握っているが、それでも柔らかさを感じるのは女の子だからなのだろうか。

そんな事も相まって余計左手に意識が嫌でも傾いてしまう。


マーケットは、僕やリノが立って入っても十分に余裕のある高さのテントが一列に等間隔で並んでいるので、マーケットの通路を歩いているだけでも売っている品物や内装の雰囲気はある程度わかるようになっている。


「すごい・・・」


だがテントの内側に入ってみると、外から見た様子とは全然違った。


それどころか、外で見たスペースよりもその10倍はあるのではないかというスペースが僕らを出迎える。

「これは、どうなってるんだ・・・?」


「あれ、ユーリクはこういうマーケットってくるの初めてなの?」


「初めてだよ。どういう仕組みなんだ?」


「ここはね、魔法市なの。そしてこのテントの内側が外から見た時とこんなに違うのは、水魔法を応用してるからなんだよ」

「え、それなら光魔法とかじゃないのか?」


「やっぱ意外だよね!? 私も一番最初ロマノフと一緒に来た時教えてもらって驚いたんだよ〜」

リノは初めてここに訪れた時を思い出すかのように「それでね〜」とこのテントの仕組みについて続ける。

「なんでも空気中の水蒸気っていう、すっごい小さな水の玉が浮かんでるらしいんだけどそれで光を屈折させてるらしいよ」

リノは自慢気だ。


えっへん! という声が聞こえそうなくらいに。


「すごいな、リノは賢いんだね」


「えへへ、でもこれはほとんどロマノフの受け売りだから本当にすごいのはロマノフなんだけどね!」

「水魔法があるってことは、他の種類の魔法もあるのか?」


「お、さすがユーリク! 他には火、風、雷、土の魔法があるよ」


「いろんな種類があるんだな。風の魔法とか上手く使えたら空とか飛べて楽しそうだな」


「あはは、そんな凄い魔法使える人なんているわけないじゃん。もしいたら即刻元老院に連れてかれて元老長の護衛にされるか色々実験されるかだよ」

後半かなり物騒なことを言っていた気がするが、この時空での魔法はリノの話によると魔法を使える人はほとんどいなくて、使える人でもほとんどが軽く指先に火の粉を散らしたり、軽く風を吹かすことができる程度らしい。


「リノは何か魔法を使えたりするの?」


「・・・あー、うん。使えるには使えるんだけど、本当に意味がないから困っちゃうんだよね」


「そっか、やっぱり魔法は難しそうだね。僕も魔法をできれば使ってみたいな」


興味はあるが、リノの様子がこれ以上聞かないでくれと言わんばかりだったので、余計な詮索はしないようにしよう。

「ならあそこに魔法の適性がわかる水晶があるはずだから、試してみようよ」


リノの提案で、急遽僕の魔法適性を調べる事になった。


今いる場所から、まっすぐ奥に進むと店員がいて「いらっしゃいませ〜、今ならまとめて買うと安くするよ〜!」と元気よく客引きをしている。

「すみません、この人の魔法適性を調べたいんですけど」とリノが店員に話しかけると、店員は棚から先ほど聞いていた通り、水晶を取り出した。

魔法適性検査に当たって僕は店員からいくつか説明を受けた。


説明を簡単にまとめるとこんな感じだった。


火の魔法に適性があれば赤に、水の魔法の適性があれば青にといった具合で風は緑、雷は黄色、土はオレンジに輝くらしい。

残念な事に魔法に適性がなければ、水晶は白く輝くそうだ。


とりあえず僕は風の魔法を使ってみたいので、緑に輝くことを祈って掌を水晶にゆっくりと近づける。

両手を水晶にかざすと、ほんのりと掌に熱を感じる。


「今あなたの手には少し熱を感じていると思いますが、体内の魔力が水晶に反応している証拠なので安心してもらって結構です」

とのことなので、しばらく水晶に手をかざし続ける。


この後に、水晶が七色に光って適性の色が輝くらしい。


少しすると、水晶は聞いていた通り七色に輝いて色が一色に収束し始める。


色が緑色の方に近付いたかと思えば、青に移ったり赤に移ったりとなかなかハラハラさせてくれる。

本来の仕様なのだろうが、もしそうでなければこの水晶は性格が悪い。


そして一際強く七色の光が輝いたかと思うと、一気に一色にまとまる————-はずだった・・・。


「無色・・・? 」


僕たちが見た水晶の色は、予想していた六色のどれでもなく適性検査を始める前と全く違わない、透明感のある灰色のまま、ただただ沈黙を貫いているのだった・・・。

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