第2話 村は村ではないようです!

リノの手伝いを終え、村の入り口に着く。


村の様子はもう陽が落ちていてしっかりとは把握できないが、それなりの大きさの村であるという事が想像に難くなかった。

リノの案内でそのまま僕は村の宿屋らしい建物に案内された。


「本当は私の家に泊めてあげたいんだけど、部屋の数が足りないんだ。悪いんだけど、宿屋に泊まってもらっていい・・・?」

「全然いいよ。むしろ今日の1日で、ちゃんとした寝床につけるだけでもありがたすぎるくらいだよ」というかそもそも、人と会話を最後にしたのがわからないぐらい僕に、初対面の少女の家に泊まれというのはハードルが高すぎるというものだ。


感謝と先のやり取りの緊張が入り交じりながらも、僕はリノに感謝の言葉を伝えて、今日はもう別れることにした。

リノは「明日もここに来るから、部屋で、待っててね!」と僕に言って、勢いよく走って行ってしまった。

「若いっていいな」なんて自分の事を棚上げ(見た目は10代後半に見えるが実際のところ、時空渡りのせいで年齢は忘れるぐらいに老いている)した事を誰にともなくボソリと呟き、僕は宿屋の扉に手をかける。


扉をくぐるとすぐ目の前には、樫の木の木材を中心に展開されたエントランスが客を待ち構えており、頭上にはランタンの形をした照明いくつかぶら下がっている。

他にも所々に植物の細い根と、その先には葉っぱが何枚も着いていて落ち着いた雰囲気を醸し出している。

エントランスのどこかなじみ深い雰囲気にあてられながら、僕は受付であろうカウンターに向かう。

できればこの宿屋の中も時間がある時見てみたいなぁ。なんて考えるが、とにかく今は時空渡りと誰かのせいで余計に歩いた事で溜まった疲労を回復させることが重要だと考え、案を隅に追いやる事にした。


受付には、メイド服を思わせる制服に身を包み、頭から大きく飛び出すうさ耳が可愛らしい二人の少女(?)が姿勢を綺麗に正して宿屋の客を出迎えていた。

初めて見る種族のせいで、実際の見た目と年齢が一致しているかが分からない。


人間以外にもここにはいるのか、他の種族もいるのだろうか。


僕は受付のうさ耳少女(仮)にとりあえず三日ほど泊まりたいという事を伝え、部屋を用意してもらう事にした。


鍵を受付から借り、受付カウンターの横にある階段を見つけて、僕は階段に向かった。


僕の部屋は三階か、明日の朝にいい景色でも見られたらいいな。


階段を上り切るとすぐ右手に、鍵に書かれた番号と同じ数字が掘られたプレートのかかった扉が見つかった。

今一度鍵に書かれた番号とプレートに書かれた番号が一致している事を確認し、ドアのぶの下にある鍵穴に鍵を差し込む。

ガチャリ、という音を聞いて僕は部屋のドアを開く。


ベッドはドアから入ってすぐ左手の位置にあったので、僕は睡魔に抗うこともなくベッドに倒れ込む。

フカフカとした感触が僕を出迎え、いっそう睡魔は力を増していくのを感じる。


白髪の少女リノに、入り口だけでも相当な大きさが想像できる村、それに合わせて住人の数は2000人。

僕はなぜこの時空に飛んだのだろうか。


使命はこの時空の”破壊”であるのは変わらないはずだ。


考えれば考えるほど、意味が分からなくなることばかりだ。


もっとこの時空について、情報収集しないとな。


今できること、これからしなくてはならない事に一旦の区切りをつけて、僕は睡魔に抗う事をやめた。


ーーーーーーーーーー


カーン、カーン、カーンというゆっくりとしたリズムの金属音で僕は目を覚ました。


鐘の音だろうか、遠くから綺麗な音が一定のリズムで聞こえてくる。


リズムよく鳴る音に耳を傾けながら、僕は目を開く。


知らない天井だな、まぁ当然だよね。


手の甲でまぶたを擦りながらそんな事を思う。


睡魔の残滓がまだ頭から抜けず、意識が朦朧としているせいか、昨日村についてからの出来事があまりはっきりと思い出せない。

「起きるか」僕はベッドから這い出て、すぐ正面に位置した窓を見やる。


白いカーテンが風になびき、その隙間から溢れ出た風が眠気をそっと覚ます。


僕は窓に近づいてカーテンに手をかけ思いっきり開けると、外の景色が飛び込んできた。


「本当に村、なのか・・・?」


カーテンの先からは、村を一望する事ができ、その景色に僕は目を見張る。


昨日、村に着いたときにはもうあたりは真っ暗で(それでも灯りは点いていて、村にしては大きいと思っていたが)村がどれほどの大きさかはわからなかった。

それでもリノが村と言っていた場所は、僕の予想をはるかに超えていたようだ。


もはや一つの都市と言ってもいいほどだ、これなら2000人もの住民がここで暮らしているのもうなずける。

街は都市の中心にそびえ立つ世界樹のように大きい木の根を軸に展開されていて、大木の幹、根には何軒も民家のようなものがくっ付いている。


村の中心に位置する世界樹(仮)の根元には大きな建物が生えていて、そのてっぺんにはとても大きい鐘がぶら下がっているのが見えた。

どうやら、今は陽が登ったことを報せる鐘が鳴っているようで、僕を起こした音色は建造物のてっぺんで朝日を背景に、ゆっくりと重心をずらしながら揺れていた。

遠くを見ると、別の大木には時計が埋め込まれた時計塔のような建物まで見える。


今はちょうど朝8時らしい。


そして目下にはマーケットのようなものが広がっており、その喧騒からはたくさんの人々が買い物を楽しんでいるのが簡単に予想できた。

「まさかこの時渡りの旅で、本当にゲーム世界のような場所に訪れる日が来ようとは、、、」


はるか昔に、一度でいいから行ってみたいと考えていた(ような気がする)雰囲気の場所を目の当たりにして、自然と頬が緩んでしまう。

一人感動していると、後ろから「コンコンコン」とドアをノックする音が聞こえた。


「ユーリク、起きてるー?入って大丈夫?」という聞き覚えのある声に「起きてるよ。うん、平気」と僕の声を返す。

数瞬遅れて、白髪の少女がドアから現れた。


「おはよう、今朝はよく眠れた?」リノは優しく微笑みながらそう言った。


「やぁリノ、おはよう。おかげさまでぐっすりだよ。それにしても、この村はすごいね。想像してたよりもずっと大きくてびっくりだ。村じゃなくて、都市とか国って呼んだ方が似合ってるんじゃないか?」


僕は窓の先に広がる景色を見やって応える。


「国は言い過ぎだよ、でも確かに人は多いから街とか都市の方が合ってるかもっていうのはわかるかも。それにここはとてもいい場所だよ。治安はいいし、何よりみんな笑顔が絶えないんだから」

「笑顔が絶えない、か。それはとても素晴らしい事だね」


またしても、胸が痛むのを感じる。


「そうだユーリク、この後時間ある?村を案内してあげよっか」リノは僕に近づいて見上げながらそう言った。

「助かるよ、僕はまだこの村について何も知らないんだ」


「じゃあ決まりだね。今日は長いよ?」


「お手柔らかに頼むよ」そんなやり取りをしつつ、出かけるための準備を始める。


昨日は宿に着いてからすぐに寝てしまったのか、格好は昨日と同じベージュのシャツのままだった。

ローブは近くの椅子にかけておいたようで、シワになっていないようだった。


髪の毛には寝癖がたくさんつき、絡まってしまっている。


髪の毛が長いと朝はめんどくさいよな。なんて考えながら髪の毛にくしを通して少しずつ癖と絡まった毛を解かしていく。

だいぶ髪のボリュームも減ったところで、椅子にかけてあるローブに腕を通す。


今までずっと、どの時空でも着てきたローブだ。


もう何年も着ているせいで所々にほつれ、傷んでいる箇所が目立つが新しいものに変える気にはなかなかなれずにいた。

体にしっかりと馴染んだローブの感触を今一度確かめて、今度は床に置いてあった焦げ茶の皮で編まれたリュックサックを背負う。

このリュックサックも長年と僕と一緒に旅をしてきた大切な相棒で、今ではもう無くてはならない道具の一つだ。

「昨日見たときも思ったけど、君って本当にベージュ一色だよね。好きな色なの?」リノは興味ありげというわけではなく、単純に疑問に思っているようだ。

「別にベージュが好きってわけじゃないんだ、なんかベージュの物を身につけている時がしっくりくるってだけで・・・」

「本当にそうなの?髪の毛、瞳の色、身につけている服にリュックサック。全部ベージュ系だよ?」リノはなぜか攻めてくる。

「ぼ、僕の話はいいだろ、特に面白いこともないよ。そんな事より早く街に出ようよ!僕はお腹が空いたんだ!」リノの猛攻をかわすために慌てて別の話題を振る。

「ふふ、わかったよ。準備も整ったみたいだし街に出よっか。私のお気に入りのお店に案内してあげる」リノは許してくれるようだ。


僕は、リノに隠れてそっと安心した。


何十、何百と時空を旅してきたんだ。


この服、ローブを選んだ理由も、なんでこのリュックサックをいつも持っているのかも、生まれた時からこの瞳、この髪色だったのかも、もう定かではないのだから。

「ああ、お願いするよ。できれば美味しいご飯が食べられる店がいいな」


リノは、任せといて言わんばかりに満足気な笑みを浮かべて、ドアへと向かう。


ドアに向かう白髪の少女に若干呆れつつも、その性格のおかげで精神的に助けられているという事実に、僕は感謝しながら彼女の後ろ姿をもう一度見る。

「ユーリク、早くしないと置いてっちゃうよ!」ドアからリノの背中が消えたとこでそんな声が聞こえる。

「ごめんごめん!すぐに行くよ!」このやりとりに少し慣れたのを感じて、僕はその白髪を追いかけて部屋を後にした。

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