第1話 とんでもない場所に目覚めてしまったようです!

まぶたに暖かい光を感じる。


後頭部には柔らかさと少しチクっとした感触があり、自分が草の上に寝ていることが容易に想像できる。

心地よい感情を抱きながら、肌に感じる穏やかな風に期待しながら、僕はそっとまぶたをあげた。

目には、深い緑を両手いっぱいに抱えた木の幹が写る。


たくさんの葉の間から溢れ出た光が僕を刺していて、刺された箇所がほんのりと温もりを僕に伝えてくる。

時空を飛ぶ時、毎回体に凄まじい倦怠感を感じるがもう慣れた。


この毎回恒例の倦怠感を頭の隅に追いやって、僕は立ち上がる。


あたりを見渡すとそこにはとても開放的で、広大な景色が広がっていた。


「なんて穏やかで平和な、綺麗な場所なんだろう・・・」


その景色に対する率直な感想が、僕の口からこぼれた。


空は雲ひとつなく、どこまでも続く平和の象徴のような草原で白い花が歌っている。


美しい白い花に、水気を丁度よく含んだ張りのある草で構成された草原。


最低限のパーツだけで組まれたこの”フィールド”は、とても幻想的で優しかった。


ちらほらと食事を楽しむ草食動物まで見ることができる。


他の時空では着いた瞬間に雪山の吹雪、火山の熱波・・・、最悪の場合は海の中なんてこともあったぐらいだ。

今自分が飛ばされたこの時空が、とてもありがたい環境であることに感動しつつ、忘れかけていた使命を思い出すと胸が痛む。

「何でこんなにも綺麗な”フィールド”まで・・・」僕は誰に言うでもなく、一人でぼやく。


「【時空の雫】を探さなくては」僕は新しい時空に飛んだ時、いつも最初にしているだろう言葉を口にした。

【時空の雫】の手がかりを探す為、あたりを見渡すと最初向いていた方向とは反対の方向に森を見つけた。


「あそこに行けば、ここがどこか分かるヒントも見つかるかな」そんな疑問を持って、森の方向をじっと見つめる。

それにしても、本当に穏やかな場所だな。


空気は美味しいし、動物も襲ってくる気配を見せない。


「これなら安全に森まで辿り着けそうだ」


いつものように警戒することはなく、僕は森に、疑問の答えを求めて歩き始めた。


ーーーーーーーー


特に問題もなく、10分ほど歩いただけで森の麓まで辿り着いた。


「大きいな・・・」


二度も連続で景色に驚かされるとは思わなかった。


遠くからでもかなり大きいことは察していたが、森が近づいてくるにつれて木がその予想をさらに一回りも二回りも大きいということがわかった。

さすがにここまで大きいとは誰も思わないだろう。


森は、背丈が軽く20mはある大木が所狭しと並び、木々の隙間からは光が線のように差し込んでいる。


光の先には小さい木々がその恵みを我先にと享受している光景は、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

木々の隙間を散策していると、一本の木にオレンジ色の実が成っているのを見つけた。


そういえばまだこの時空に来てから、食べ物はおろか飲み物さえ飲んでいなかったことを思い出した。

その事実がいっそう木の実を魅力的に思わせ、僕はオレンジ色の実に手を伸ばす。


「待って!まだその実は育ちきってないから食べれないよ!」木の影から声が飛んできた。


突然の声かけに驚き、僕は声を上げて思いっきり飛び退いた。


それと同時に、素っ頓狂な声とそれなりの質量を持った物体が地面に衝突する音が耳に入ってきた。

落ち着いて木の影を見るとそこには、白髪が目立つ少女が腰を着いていた。


「いてて。急に声をかけてごめん、驚かせちゃったみたい・・・」白髪の少女が言う。


何で”キャラクター”がここにいる!?!?


内心かなり驚きながらも、僕は冷静を装い言葉を紡いだ。


「こちらこそ驚かせてしまったみたいですまない、大丈夫?怪我はない?」そう言いながら白髪の少女に手を差し出すと、少女は一瞬躊躇する素振りを見せた後、手をつかんで立ち上がった。

「大丈夫だよ、ただいきなり大声出されて驚いちゃっただけだから・・・」


「そうか、それはすまない事をした。怪我はなかったみたいで安心したよ」


なんて心配するような事を言ったはいいものの、僕は内心、出会うはずもない”キャラクター”の存在の出現にかなり動揺していた。

今すぐにでも確かめなければならない事を少女に尋ねた。

「君は一人なのか?それとも他にキャラーーー・・・じゃない、他に誰かいるのか?」


少女は首をかしげたが、すぐに疑問に答えてくれた。


「私一人だよ、今日は私が村の食事担当の日だから食材の草と木の実を探しに来てたの」


「村があるのか!?どれくらいの人数だ!?どこにあるんだ!?それからーーー・・・」僕は淡い希望をバッサリと切り捨てた単語を耳にして、完全に冷静さを欠いてしまった。

いくつもの質問を少女に矢継ぎはやに投げつけた。


何個目かわからない質問の途中で幸か不幸か盛大にお腹が鳴ってしまい、僕は冷静さを取り戻す。

「取り乱してすまない、今のは忘れてくれ・・・」慌てて顔を真っ赤にしながら謝り、恐る恐る目をひらくと彼女は笑っていた。

「どうしたの?そんなに慌てて、お腹空いたの?」そんな少女のからかい交じり返答に、僕の顔がさらに熱を帯びていくのを感じる。

僕は軽く咳払いをして会話続けた。


「頼むから忘れてくれ・・・、ところでその木の実は本当に食べれないのか?もう充分美味しそうだけど」

「本当にお腹空いてるじゃん、この木の実は熟すと綺麗な赤色になるんだけど、オレンジ色だと面白いくらいにすっぱいんだよ。試しに食べてみる?」

またしても笑われてしまった。


「いや遠慮しとくよ、きっとその道のプロが言うんだから間違いないんだろう。できれば今食べられるものを教えてもらいたいぐらいだ」


「いいでしょう。結構森で採れる草とか木の実の知識には自信があるんだよ」少女は自慢気にそう言った。


「そうだ!そんなにお腹が空いてるなら私の村に来てみない?とびきりの料理を振る舞ってあげるよ。もしかして用事あったりする・・・?」

白髪の少女から、思いがけない申し出を受け、少し驚く。


まだ確かめなければならない事がたくさんあるので、その申し出に乗っかることにした。


「いいやないよ。それにその申し出はとても助かるよ。他にも教えて欲しいことは色々あるし、こっちからお願いしたいぐらいだ」

「それじゃあ決まりだね!そういえばあなたの名前は何て言うの?」少女はコロコロと表情を変え、首をかしげて新しい質問を投げかけてきた。

「そういえばまだ言ってなかったっけ。僕の名前はユーリク、君の名前は?」自分を僕と呼称した青年はそう告げる。

「ユーリクっていうんだ。なんかいい名前だね。私の名前はリノ、よろしくね」


「いい名前かはわからないけどな。こちらこそよろしくだよ、リノ」


お互いに自己紹介を終え、二人は村に向かおうと足を進めた。


村に向かう途中、色々な事を聞いた。


村がどういう場所なのか、人数はどれくらいなのか、どんな人たちが住んでいるのか・・・。


聞いた限り、村はそれなりの規模で住人は2000人を超えるらしい。


それはもう村って呼べる規模なのか・・・。


頬が引きつってしまうのはと仕方ない・・・、そう、仕方ない事だろう。


この時空は、今まで僕が壊してきた時空とは根本から違うらしい。


考えなければならないことは山積みだが、今は情報収集に徹しよう。


しょうもないやり取りも含みつつ、たくさんのことを話した。


色々知る事ができ、最初の情報収集にしてはかなり良い方ではないかと思う。


そしてさらに驚いたのは、木の影で話していたせいでよく見えていなかったが、リノの容姿はとても整っているという事だった。

穏やかな顔立ちに、絹のような白いロングヘア。


その面倒見の良さそうな性格が合わさって、とても親しみやすい雰囲気を出していた。


初めて話す”キャラクター”がリノで良かった。


違うからね?可愛いからじゃなくて親しみやすい雰囲気だったからだから、勘違いしないでね?


そんな事を考えながら歩いていると、村の灯りが見えてきた。


この時空では初めての休息だ。とりあえず今日は驚いてばかりだったし、早めに休むことにしよう。

そう決心したのも束の間。


「食材採るの忘れてた!」というリノの言葉で、1、2時間ほど村に入るのが遅くなったのはまた別のお話。

そのおかげで、少し野草と木の実について知ることができたという事も付け加えておくことにするとしよう。

今までに比べて考えたくないほどに考えなければならないことは多いが、こういう時空の旅も僕は嫌いではないらしい

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