第9話 ダイトの戦い

 城壁での戦闘を潜り抜けたトモエたち一行は、階段を下りて城内の市街地に降り立った。条坊制といって城内の区画は縦横に格子状の道路が敷かれているが、その交差点を塞ぐように兵が置かれている。


「これこれ、やっぱ魔族軍はこれでなくっちゃ」


 トモエは交差点を塞ぐ傀儡兵たちを見て、拳をぽきぽき鳴らしている。傀儡兵たちは盾を構え、長い槍を突き出して密集隊列ファランクスを形成していた。矢の一本も通さない堅陣である。容易には突き崩せないだろう。

 だが、不可能を可能にするのがこの女、トモエである。彼女は意気揚々と地面を蹴って駆け出し、堅陣を張る傀儡兵の隊列に殴り込みをかけた。


「はぁ!」


 その拳が、密集隊列を一撃の元に破壊したのは言うまでもない。


「今だ! 行くぞ!」


 トモエが突き崩した陣に、リコウたちが追い撃ちをかけた。リコウの矢が傀儡兵の胸を貫き、エイセイの「暗黒雷電ダークサンダーボルト」が兵をまとめて焼き焦がす。そうして散り散りになり、まとまりに欠いた敵を、トウケンがナイフで切り刻んでゆく。もうこれしきの相手に手間取るような一行ではなかった。


「あ、危ない!」


 そんな彼らの背後から隙をうかがう敵の存在を、シフがいち早く察知した。弩兵隊が建物の上に陣取り、矢を向けている。前にもセイ国軍がヤユウ城内で使ってきた手だ。

 シフはすぐさま光障壁バリアを貼り、矢弾を全て防いだ。リコウ、エイセイの両者は後ろを振り向き、次弾を装填中の弩兵に対して攻撃を加えた。装填中の弩兵は無防備である。あっという間に弩兵隊はリコウの矢とエイセイの魔術攻撃の犠牲となった。

 衆寡敵せず、という言葉はトモエたちには通用しない。敵兵の塊を排除しながら、トモエたちは北へ北へと進んだ。向かう先には黄色い屋根を持った大きな建物がある。トモエたちはそれが州刺史府であることは知らないが、恐らくそこが行政の中心であり、敵の頭目――つまりガクキがいることは容易に推察できた。

 空に突然、青白い光を放つが現れたのは、夕刻に差し掛かる頃であった。

 もう一つの太陽……トウケンを除いた四人には見覚えがある。


「大将首のお出ましね……」


 トモエはにやりと笑いながら腕まくりをした。敵の大将、ガクキを討ち取る機会が、ようやくやってきたからである。

 ガクキの魔術「照灼たる晨光サニー・レイ」は、上空に偽物の太陽を出現させ、そこから地上に向けて光線を発射する攻撃魔術である。昼間にしか使えず、連射も利かないという弱点はあるものの、離れた場所から一方的に攻撃できる強力な魔術だ。

 偽物の太陽が、強い光を放った。光線を放つ合図だ。


「散らばって!」


 トモエの叫びに応じて、五人はそれぞれ別方向に走り出した。次の瞬間、偽太陽から光線が発射され、さっきまで五人が立っていた地面を焼き焦がした。

 逃げながら、シフは偽の太陽から流れる魔力の観察していた。以前同じ方法で、ガクキの居場所を掴むことができた。先ほどの射撃はこちらの位置を把握しているとしか思えないほど正確であった。となれば、敵は見通しのよい場所に立ってこちらを見下ろしているに違いない。

 だが、シフが流れを読んで居場所を突き止める前に、何と、偽の太陽が消えてしまった。


「そうだよね……前と同じ手は通じないよね……」


 建物の影に隠れながら、シフは歯噛みした。偽太陽が引っ込められてしまえば、魔力の流れをたどることはできない。

 先ほどの流れを見るに、北側の、どこか高い場所にいるということは突き止めた。だが、分かったのはそこまでだ。建物の窓からこちらを覗き込んでいるのかも知れないし、城壁の上から見下ろしてきているかも知れない。

 困ったことに、今の攻撃で、五人がばらばらの方向に逃げてしまった。シフ本人は、トモエや兄のエイセイのような戦闘能力を持たない。敵に襲われると、非常に危険だ。


 ……そうしたシフの危惧は、現実のものとなった。


「奴だ! 討ち取れ!」


 ひげ面の下級武官が、槍兵部隊を引き連れて迫ってきていた。

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