第8話 ガクキ出陣

「何、こいつらまさか……」


 武官は後ろからやってきたトモエたちを見て、顔を青ざめさせた。


 ――彼らは国王を討ち取った、あのトモエとかいう者ではないのか……


 トモエたちは魔族国家において指名手配されており、似顔絵が各所に張り付けてある。彼らの内の一人でも討ち取った者には、無条件で列侯という最高位の爵位が授与されるきまりになっている。いわば賞金首だ。

 傀儡兵たちは、あっという間に残骸の山に変えられてしまった。そしてこの武官もまた、顔面を拳で叩き割られ、息の根を止められたのであった。

 城内は、予想だにしなかった来寇に、恐れおののきざわめいた。


***


「山猿どもめ……」


 ダイトの州刺史府にある執務室で、ガクキは眉根に皺を寄せながら、机を人差し指でとんとん叩いていた。急報を告げる使者を下がらせた後とあって、部屋には彼一人である。ダイトの宮殿は跡形もなく崩壊してしまったが、元の大司馬府は無傷のまま現存しており、今でも州刺史府と名を変えてそのまま使われている。

 エン州刺史のガクキは大いに悩んでいた。本国へ救援を頼むか、それとも手持ちの戦力でどうにかするか……。エン州はいわばシン国の飛び地であり、本国と境を接してはいないため、本国からの援軍は時間がかかる。だから本国よりは隣国のセイ国かギ国の方が頼りになるのだが、彼の立場は州の長官に過ぎず、本国の了解なしに頭越しでそれらに援軍を要請することはできない。

 妹のガクジョウが戦死してしまったのも、彼に大きな衝撃を与えた。トモエの拳を食らったことによる後遺症で臥せり、政務を取れなくなったガクキに代わって行政の指揮を執り、兄を支えてくれたあの妹は、もうこの世のものではない……ガクキは妹を討ち取った正体不明の怪物を恐れるより、寧ろ怒りを募らせた。


「長官!」


 通信石から、突然声が発せられた。部下の報告だ。その声色から、かなりの焦りが察せられる


「くっ、曲者が城壁の上に侵入してきました! 警備兵たちと目下交戦中!」

「曲者!?」

「それが……あのトモエとかいうお尋ね者と、その一派のようです!」

「何だって!?」


 悩んでいる暇などなかった。かつて拳を叩き込んできたあの人間が、すぐそこまで来ている。ガクキの魔術は遠距離戦には強いが、向かい合っての近距離戦では用を足さない。はっきり言って、城内で戦うのは得策ではない。けれども、州刺史である以上、持ち場を離れて逃亡などしようものなら、本国からどんなお咎めがあるか分からない。ただでさえエン国の遺臣たちは「国君を守れなかった無能ども」という誹りを受けているのだから。


 ――こうなる前に、打って出るべきであった。


 ガクジョウに任せるのではなく、自ら軍を率いて敵を迎え撃つべきだったのだ。それをしなかったのは、きっと心のどこかで、戦いに対する恐怖を覚えているからなのだ……ガクキは自己の内面を見つめ、そう結論づけた。


 ――あのお尋ね者のせいだ。


 元々武人であったガクキは、自らの怯懦の原因を、暴力の化身ともいえるあの女戦士に求めた。あの時食らった拳の一撃は、肉体のみならず心までを壊してしまったのだ。

 正面切って戦えば、今度こそ死ぬかも知れない。それでも、避けられぬ戦いがそこにはある。

 

「ガクカン」

「はっ」

「ボク直々に出る。奴とは決着をつけねばならんのだ」


 そう言って、ガクキは壁にかけてあった剣を掴んで腰に佩いた。それから侍従を呼び、鎧甲よろいかぶとを身に着けさせ、出陣の身支度を整えた。


「ここは目立つから、敵は真っすぐ攻めてくるだろうね。その前にこっちから打って出てやる」

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