第7話 トモエの動向

 さて、世紀の大会戦が決着した頃、トモエたちはどうしていたか。

 結論からいえば、一万のリュウキ軍の中に、トモエの姿はなかった。彼女はリコウ、エイセイ、シフ、トウケンといったいつもの顔ぶれを連れて、すでに川を渡って南下していたのである。会戦が終わった頃、トモエたちはエン州領内の奥深くにまで侵入していた。ガクジョウは居もしないトモエの影に怯えていたことになる。

 トモエたちはそのまま真っすぐダイトを目指した。以前に通ったことのある道であり、迷うことはなかった。また、トモエたちを迎撃する敵軍と出会うこともなかった。

 戦力において大きく劣る人間側が取ったのは、「蜂の一刺し作戦」であった。リュウキ軍と同盟勢力が敵軍を牽制しつつ、敵の首都にトモエ一行を斬り込ませるという策である。トモエたちが狙っていたのは、エン州の長官、ガクキの首である。

 エン州内では、すでに農村から都市への避難が行われていた。半人半馬の怪物がエン州軍を蹴散らしたというが流星の如く駆け巡ったため、略奪を許すまいと各地の都市が家畜や食料を急ぎ城内に運び込ませ、そのまま城門を固く閉ざしたのである。

 そうしてさしたる抵抗も受けないまま、トモエたちは再びダイトにやってきた。


「どうやって入る?」


 トモエはダイトの城壁を遠巻きに見つめながら呟いた。今度は城門が閉ざされていて、正攻法では入れそうにない。都市の警戒状態が厳重であるのを見ると、リュウキ軍は勝利を掴んだことが分かる。


「……ボクがやってみる」

 

 名乗り出たのは、エイセイであった。青髪のエルフ少年は、先が柄杓状に折れ曲がった銅製の杖――威斗を天に向かって思い切り振り上げた。


暗黒重榴弾ダークハンドグレネード!」


 威斗の上方に、大きな黒い球体が現れる。エイセイが威斗を振り下ろすと、球体は放物線を描いて城壁まで飛んでいき、衝突して爆発を起こした。

 ところが、暗黒重榴弾ダークハンドグレネードが直撃したにも関わらず、ダイトの城壁は全くの無傷であった。


「……多分、壁に魔鉱石を埋め込んで「光障壁バリア」を発動させている」


 それが、エイセイの見解である。以前、 セイ国軍の井闌車せいらんしゃに同じ方法で防御力をあげているものがあった。ダイトはかつての国都であり、そうした方法で守りを固めるのは自然なことである。


「それならあたしの拳で……」

「いや、トモエさんの拳が心配だ。決戦前に腕を痛めちゃいけない」

「それなら僕が行くのだ」


 名乗り出たのは、トウケンである。


「僕なら気づかれないと思うし……縄を持って上に登るのだ」


 トウケンには透明化の魔術がある。それを使って気づかれないように城壁を登り、縄を上から垂らそうというのだ。

 

「それじゃあお願い」

「えっへん、任せるのだ」


 トウケンはトモエに胸を張って見せると、縄を担いで姿を消し、城壁へと向かっていった。彼は透明化を使っている間、自分が触れている任意の物体も一緒に透明化できるため、縄も見えなくなっている。

 城壁の上では、黒い甲冑に身を包んだ武官と、それに率いられた傀儡兵たちが外側に向かって目を光らせていた。だが数は多くなく、その姿はまばらである。まだリュウキ軍が迫ってきていないので、警戒の度合いとしてはこんなものなのだろう。

 トウケンは崖をよじ登ると、縄を物見櫓の柱に結びつけた。トウケンの手から縄が離れたことで、縄は目に見えるようになった。

 トモエを先頭に、他四人が縄を使って登り始めた。ダイトの城壁は高く、登るのは一苦労である。


「おい、あそこ見ろ!」

「何でこんな所に縄が!? 曲者が登ってきているぞ!」

「まずい、見つかったのだ!」


 城壁の上に詰めている武官たちが、大声をあげている。如何に手練れのトモエたちでも、よじ登っている間は無防備であり、攻撃を受けるのは危険だ。トウケンは武官の一人に近づくと、透明化を敢えて解き、その喉笛をナイフで掻っ切った。元野盗というだけあって、その手つきは鮮やかである。

 透明化を解いたのは、魔力の節約というだけではなく、敵の注意をなるべく自身に引き寄せるためでもあった。このネコ耳少年は、危険を冒して囮役を買って出たのである。


「あのネコガキのせいか! 殺せ!」


 剣を抜いた武官が、傀儡兵を率いて左右から迫ってくる。槍や剣を構えた傀儡兵が分厚い壁を作り、まるで押しつぶそうとしているかのようにじりじりと距離を詰めてくる。


「やってやるのだ!」


 トウケンは振り下ろされる槍先をかわして一体の槍兵に肉薄し、その首を切り離した。そばにいた短兵二体がすかさず攻撃を仕掛けてくるが、そこでトウケンは再び透明化した。剣による攻撃を避けられ、二体の短兵は互いの体を斬り合ってしまった。

 上手く同士討ちを誘ったトウケンであったが、決して余裕はなかった。壁を登って疲れている体で透明化を使うのは、もはや限界であった。

 

「くっ……」


 透明化を解いたトウケンの左右から、傀儡兵の壁が迫ってくる。刃渡りの短いナイフしか持たないトウケンに対して、傀儡兵たちはよりリーチの長い槍や剣で武装している。

 万事休す……覚悟を決めたトウケンの目に映ったのは、一撃のもとに砕け散る傀儡兵であった。


「お待たせ。ここからはあたしの出番!」


 すでにトモエは、城壁の上にたどり着いていたのだ。トモエだけではない。リコウ、エイセイ、シフも傀儡兵集団の背後を突く形で城壁の上に到達していた。

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