第10話 偽太陽再び

 シフは敵兵に小さな背を見せて逃げ出した。迫りくる傀儡兵の全てが槍で武装しており、射撃武器を持っている相手がいないことを瞬時に見極めた上での行動であった。

 だが、彼女の身体能力はさして高くない。あっという間に、木人形どもの集団が距離を縮めてくる。

 その槍先がシフの背に達しようとした、その時。

 

「どっせぇい!」


 聞き慣れた声と、硬いものが砕け散る音。シフは振り向く前から、何が到来したのか把握した。


「ごめんね、シフちゃん。ちょっと遅れちゃった」


 言いながら、トモエは拳を振るい、槍兵の集団を残骸に変えていく。シフを追いかけてきた一部隊は、あっという間に掃討された。


「多分ね、太陽を出してる敵は北側の高いところにいると思うの。でもそれがどこかはまだ分からなくて……」

「そう? ありがとうシフちゃん! ちょっくら行って倒してくる!」


 それだけ言って、トモエは北に向かって駆け出してしまった。そんな彼女と入れ替わるようにして、リコウ、エイセイ、トウケンの三者が集まってきた。シフを再び独りぼっちにしないように、トモエはタイミングを見計らったのであろう。


 トモエは目の前の敵をひたすらなぎ倒しながら、ガクキを探し求めた。彼女らしい、力任せな探し方である。北側の高いところといえば、中央やや北に位置する州刺史府か、後は城壁の上ぐらいなものである。

 トモエはまず、州刺史府へと殴り込みをかけた。庭を警護していた警吏たちは傀儡兵を繰り出して抵抗を試みたものの、トモエの拳によってそれらはほとんど残骸に変えられ、這う這うの体で逃げ出した。

 その足で、トモエは州刺史府の庁舎内へと突入したのであった。


 ……この時、州刺史府に突入したトモエの姿を、見下ろしていた者がいた。


「そこに入ったが運の尽き……もらった! 照灼たる晨光サニー・レイ!」


 城壁に備え付けられた物見櫓の、その最上階にガクキはいた。建物の中なら、上空に現れた偽太陽を視認できない。つまり、照灼たる晨光サニー・レイを撃たれる前に回避行動を取る、ということができなくなるのだ。ガクキのとって、これほどの好機はない。彼は州刺史府ごと、トモエを焼き払うつもりだ。


「さぁ、焼け死ね!」


 ガクキはためらうことなく、偽太陽から光線を発射した。州刺史府一つを代償にトモエを討ち取れるなら安いものである。

 屋根を突き破った光線を見て、ガクキはほくそ笑んだ。残念なのは、この魔術の犠牲になった者は例外なく消し炭と化すことだ。首の検分ができない以上、討ったという証拠をあげることはできない。


「さて、次は他の連中を……」


 ガクキが次の獲物に狙いを定めたその時……突然、目の前に黒い球体が飛んできた。


「くっ!」


 ガクキはとっさに威斗を振り上げ、光障壁バリアを発生させて身を守った。光障壁にぶつかった球体が爆発し、灰色の煙が辺りを覆う。


「小癪な!」


 攻撃がここまで飛んできたということは、位置を把握されたことを意味する。かくなる上はすぐに場所を移動して仕切り直さねばならない。

 しかし、ガクキはそうしなかった。威斗を構え直し、偽の太陽に魔力を流し込んだ。ここで、エイセイたち四人を一斉に始末しようとしているのだ。


「まずはお前たちからだ!」


 王を討たれたことで、元エン国人は天下の笑いものとなった。シン国の都カンヨウから送られてくる使者は、ガクキらを始めとするエン国王カイの家臣たちを露骨に見下し、あざ笑う。それがどれほどこの男のプライドを傷つけたかは察するにあまりある。

 そうした怒りが、今のガクキを突き動かしている。魔力を流し込まれた偽の太陽は青く輝き、今にも破滅の光を放とうとしていた。


「さぁせぇるぅかぁああああ!」


 光線が発射されるまさにその直前、ガクキが見たのは、高らかに跳躍して拳を振り上げるトモエの姿だった。


「ば、ばかなげふっ!」


 咄嗟に盾で身を守ろうとしたガクキであったが、トモエの拳がわずかに早くガクキの頬に到達した。頬を思い切りぶん殴られたガクキは、そのまま後ろに吹き飛び、背後の壁に後頭部を打ちつけた。 

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