第2話 リュウキ軍の進軍
リュウキ軍が軍事行動を開始したのは、その年の夏のことであった。ヤタハン砦から南下したリュウキ軍一万はエン州北辺の農村を占領するとそこに居座り、山を背にして布陣した。
これに呼応する形で、エン州内でケット・シーが挙兵して遊撃戦を展開した。さらにエルフとドワーフも、度々南下してエン州とギ国の間に引かれた幹線道路を脅かすようになった。その上で大河川にはセルキーたちが遊弋し、通商破壊作戦を行った。魔族という巨大な敵を前にして、反魔族大同盟は多方面から軍事行動を起こして外線作戦を取ったのである。
リュウキ軍は小刻みに攻め寄せ、迎撃に出たエン州軍との小競り合いを繰り返したものの、本格的な戦闘になる前にそそくさと引き上げる、という作戦に出た。エン州の国境警備兵はその度に迎撃するのだが、毎度肩透かしを食らうのであった。
その様子は、ダイトにいるガクキとガクジョウの耳にも入っていた。
「奴らめ、何を考えている」
「三万をお預けくだされば、このガクジョウが敵軍を蹴散らして進ぜましょう」
「分かった。任せよう。兵は神速を貴ぶという。可及的速やかに敵を撃滅するように」
こうして、歩兵三万に戦車三百台の軍を率いたガクジョウは、街道を通って北に向かった。エン州には合計三十五万の兵力が駐留しており、そのほぼ全てはかつてのエン国軍が所属を変えただけである。しかし西方でエルフとドワーフの連合軍と戦っており、東ではケット・シーやセルキーの鎮圧に当たっている以上、北に向けて全力をぶつけられるわけではない。
ガクジョウの軍は、そのままリュウキ軍と川を挟んで対峙した。この川は浅く、雨で増水さえしなければ、軍船を使うことなく歩兵や戦車を渡すことができる。
「山猿どもが調子づきおって。ボクが目にものを見せてやろう」
人間は魔族よりも劣っている。それは全ての魔族にとっての共通認識といってよい。そんな劣った人間どもが、無謀な挑戦を仕掛けてきたのだ。指揮官用の戦車に乗り込むガクジョウの心中には、ただ侮蔑と不快感、そして少しの嗜虐心のみが存在していた。斥候によれば敵兵は植物の蔓で編んだみすぼらしい鎧を着こんでいるらしく、その事実はガクジョウの侮蔑の念をより強めた。
敵を挑発して川を渡らせ、そこに自らの魔術で大雨を降らせ、一気に敵兵を押し流す。その上で、残った敵兵を囲い込んで殲滅する……ガクジョウの思い描いた戦いはこうである。
今、エン州の東部地域ではケット・シーたちが各地の農村部を襲って略奪に励んでいる。神出鬼没の彼らは地方軍の力をもってしても容易には尻尾を掴めない。そして、西では森に引きこもって逼塞していたエルフとドワーフが盛んに打って出て、エン州とギ国の間に引かれた街道を攻撃して交通を阻害している。これらによる交通の麻痺は、そのままガクジョウ軍への補給を滞らせる懸念材料となる。だからこそ、北から来るリュウキ軍の鎮討に手間取るわけにはいかない。手持ちの物資を使い切る前に、速攻で敵を撃滅する必要があるのだ。
会戦初日、ガクジョウは少数の弩兵部隊を渡河させ、散発的な射撃を行わせた。矢を射かけられたリュウキ軍の部隊は木製の置き盾に身を隠して矢をやり過ごすのみで、反撃の矢を放つことはしてこない。
ガクジョウ軍に挑発されたリュウキ軍の反応は、至極正しいものであった。矢弾の応酬になれば、生身の人間が圧倒的に不利なのだから。
人間は脳や心臓、腹などの急所を矢で貫かれずとも、腕や脚に当たれば血を流して苦しみ、戦えなくなる。その傷が元で弱り、死に至ることも当然ある。それに対して傀儡兵は胸に埋め込まれた魔鉱石を破壊されるか、頭部を潰されるか、あるいは四肢を切り離されるかしない限りは戦闘を続行できる。そして、リコウのような弓の名人でない限り、傀儡兵の胸を正確に射貫くことなどそうそうできるはずもない。本格的な射撃戦に持ち込ませなかったリュウキ軍は、そこの所をよく理解していたといえよう。
対するガクジョウ軍の側も、深入りは避けた。そうしてほとんど戦いらしい戦いが起こらないまま日は暮れ、戦闘は打ち切りとなった。
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