後編 トモエVSセイ国決戦編
第1話 帰郷
モン=トン半島では、セルキー・犬人族・馬人族による三国同盟と、セイ国・牛人族による二国同盟による対立構造が形成されていた。セイ国軍の海洋進出を手伝っていた魚人族は、大半がセイ国から離反している。セイ国側の制海権は、ほとんど喪失してしまったといってよい。
獣人族の中で唯一、国家としてセイ国と同盟を組んでいる牛人族の立場は苦しいものがある。国境線の大部分を犬人族および馬人族と接してるために国境線警備が非常に厳しく、その上兵士となる適齢期男子の一部は傭兵としてセイ国軍に従軍してしまっている。国境沿いに砦を建設するなどして有事に備えているものの、これが結果として農耕地から人手を奪い、国力を落とすこととなっているという、何とも皮肉な事実が横たわっていた。
「変わらないなぁ……」
久しく踏んでいなかった故郷――ロブ村の土を踏んだリコウは、清々しい顔で呟いた。青く澄み渡った空の下、この故郷は以前と全く変わらぬ姿を保っていた。初夏の陽気の下、村人たちは農作業に静を出している。村の南側には拒馬柵が立てられており、それがこの村の緊張感を物語っていた。
「へぇ……これがトモエとリコウたちの村……」
「確かに……前と変わらないな」
「あっ、ちょうちょ!」
トウケン、エイセイ、シフの三者もまた、きょろきょろと辺りを見渡している。シフの目の前には、青い翅をもつ大きな蝶がひらひらと飛んでいた。エイセイとシフは以前ロブ村の人々に会ったことがあるのだが、トウケンがこの村に来るのは初めてであり、この
セルキー、犬人族、馬人族の国書を携えたトモエたちはセルキーの助けを借り、河川を遡上してロブ村に帰郷した。途中、敵地であるエン州の領内を通ることとなったものの、その川は東の果ての地を南北に通っており、人口密度が極端に低い僻地であった。そのため敵に見つかることなく無事に故郷へと戻ることができたのであった。
ヤタハン砦に駐屯する兵士たちの分担を複数の村落が共同で行うようになったのをきっかけとして、北方の人間たちの間にも連帯が生まれていた。ロブ村の村長を務めるリュウキが音頭を取る形で、人間たちの村落が集まって南の魔族国家に対する警戒やエルフたちとの外交窓口の設置などを行うようになったのである。それは魔族たちに対抗する、新たな国家の萌芽といえるものであった。
「リコウ、おかえり。トモエさんもご無事でなにより……」
いの一番にトモエたち一行を出迎えてくれたのは、リコウの母であった。彼女のうるんだ目が、息子をどれほど心配していたかを言外に語っている。
「ただいま、母さん」
リコウは兜のみを脱いだ鎧姿のまま、母の所へ駆け寄った。母は息子の体を、その冷たい鎧甲の上からひしと抱きしめた。リコウの背はすっかり伸びていて、亡き夫――つまりリコウの父を思わせる体格に育っていた。
感動の再会の後、トモエとリコウはトウケン、エイセイ、シフの三者と別れ、村長の家に招かれた。そこには大きなテーブルを囲む村長と村の大人たちが待っていた。トモエはいそいそと懐から国書を取り出し、リュウキへと手渡した。
「なるほど、彼らの協力を得られるのは実に心強い」
トモエの差し出した国書を受け取り、それに目を通したリュウキの顔は上機嫌そのものであった。北と東からぐるりと敵を囲むように形成された対魔族大同盟は、きっと心強いものとなるに違いない。そう信じているのは何もリュウキだけではない。
「トモエさん、それにリコウくん。本当に、長旅ご苦労であった。どう感謝すればいいのやら……とにかく頭が下がる思いだ」
「まぁ確かに大変ではありましたけど……でも役に立ててよかったです。イイ男の子もいたし」
「ちょっ、トモエさん……」
会議に席を連ねている大人たちの強張った顔の皮が、にわかに綻んだ。ああ、トモエさんのいつものヤツだ……と言わんばかりに、彼らは呆れつつもほっとしている。
会議では、今後の方針が確認された。対魔族大同盟における人間たちの役目は、北から魔族の勢力を抑えることである。目下最大の敵はエン州刺史のガクキであり、彼を討ち取れば大きな波風を起こすことができよう。
「とにもかくにも、この戦いはトモエさんと、もう一つ、例の部隊の働きにかかっている」
これから、本格的に軍事行動が開始される――トモエもリコウも身が引き締まる思いであった。
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