第3話 ガクジョウの作戦
日没後、炬火の焚かれた
――今夜、打って出るべきか。
ガクジョウの魔術「
ガクジョウは少数の兵を伴って夜襲をかけ、
――もし、敵軍の中に、あのトモエなる者がいるとしたら。
今の所、敵の陣中にトモエの姿は確認されていない。けれども、もしあの怪力無双の戦士が敵軍の中にいたとしたら……
――少数の兵での夜襲は、危険だ。
ガクジョウは強力な魔術を持っている。しかし同時にこの軍を預かる指揮官でもあり、迂闊な行動を取って戦死するようなことはあってはならない。
結局この夜、ガクジョウは動かなかった。
次の日、夜更けとともに、ガクジョウ軍は動き出した。今度は繰り出す兵を増やし、さらに投石機なども用いて攻撃を行った。しかし敵は盾で身を固めながらじりじりと山上に退いていくのみで、全く戦いに応じない。それは次の日もそのまた次の日も同じであった。数日経って未だに一本の矢さえ打ち返してこない消極性に、ガクジョウも、麾下の武官たちも、奇妙を通り越して薄気味悪いものさえ感じていた。
もしやすれば、敵の目的はエン州軍をくぎ付けにしておくことであって、自分たちはまんまとその術中にはまっているのではないか……ガクジョウはそのように考えた。となればやはり、挑発はやめて、全軍で襲いかかるべきだ。
夜、ガクジョウは机の上に地図を広げ、幕僚たちを招集した。
「軍を二手に分ける。ボクはこの道を通って敵の背後を突こう。もう一隊は正面から敵に当たるべし」
ガクジョウは地図の一部分を指さした。そこには細い谷道があり、敵の背後に通じている。ここに軍を通せれば、敵軍の後ろから襲いかかることができる。斥候の報告から、そこの入り口にはわずか二百の軽歩兵が詰めているだけだということも分かっていた。
ガクジョウ自らが率いる別動隊が敵の背後を突き、それにタイミングを合わせて本隊が正面からぶつかって挟み撃ちにする。それがガクジョウの立てた作戦であった。
会戦から数日後、ガクジョウは歩兵一万に戦車百台の別動隊を率いて動き出した。例の細い谷道の入り口には報告通り、二百の軽歩兵が置き盾と逆茂木を並べて守っていたが、何十倍もの敵兵を見るや否や一目散に逃げ出した。
こうした谷道には、防御力の高い重装歩兵を置いて守らせれば、大軍相手でもある程度粘ることができる。だが軽装の歩兵がたった二百では、時間稼ぎもままならないだろう。逃走するのも無理はない。
――奴らは兵法というものを知らないらしい。
ガクジョウは車上で笑みを浮かべ、心中で敵を侮蔑した。
ガクジョウ軍は逃げる軽歩兵の背を追う形で、隘路を突き進んだ。広い所でも戦車二台、狭い所では戦車一台分の幅員しかない道である。必然的に、隊列は細長く引き伸ばされた。その上道は整地されていないため、戦車兵は車上でがたがたと大きく体を揺すられ、中には車酔いして車外に嘔吐する武官もいた。
「奴ら、いなくなりました。どうします」
「放っておけ。二百では何もできまい」
幕僚に対して、ガクジョウが答えた。逃げた軽歩兵は、いつの間にか姿を消していた。恐らく坂を登って林に逃げ込んだのだと思われる。とはいえ、その尻尾を掴むのに躍起になる必要はない。重装備の兵一万に二百の軽歩兵が奇襲をかけるなど、自殺行為に等しいからだ。ガクジョウはそう判断し、軽歩兵のことは一旦思考の外に置いた。
ぎらつく太陽の下、軍靴と馬蹄の音が、細い谷道を騒がせている。敵本陣まであと一舎という所で、ガクジョウ軍は休憩を取った。一舎というのは軍隊が一日で移動する距離のことである。つまりこの別動隊は、翌日の昼頃に敵本陣と接敵するのだ。
この場所は窪地になっていて、やや広いスペースがあった。窪地の外縁に傀儡兵を立たせ、それらに守られるように武官たちが
先鋒の武官が奇妙な音を聞いたのは、休憩が始まって間もない頃であった。どどどどどっという地鳴りが、右手側の斜面の上から響いてきた。
武官たちの間に緊張が走ったのは、当然のことであった。
「て、敵襲!」
下級武官の野太い声が響く。まだ敵の姿は見えてこない。が、物凄い速さで近づいてきていることは分かる。
「これは歩兵じゃない!」
「まさか戦車か?」
「バカ! 戦車がこんなクソみてぇな場所で動けるわけねぇ!」
聞こえてくる足音は、人間ではなく馬の蹄のものだ。だが、こんなでこぼこの道で戦車が使えるはずもない。戦車という兵器は強力だが、平らで開けた場所以外ではろくに身動きが取れないという弱点がある。起伏に富んだ地形では、あっという間に車輪周りがだめになってしまう。
坂を駆け下りて、現れたもの……それは、ガクジョウ軍の武官にとって、全く未知のものであった。
「何だあいつらは!」
「馬の体から人間が生えていやがる!」
馬の体に人間の上半身を持った謎の怪物が、長槍を構えて襲いかかってきた。
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