第7話 サメ空母再び

「こちら空母メジロ、第一次攻撃隊全頭発進完了しました!」

「よし」


 旗艦の楼船に搭乗している艦隊司令官ヨウボクの所に、通信石を通じて報告が舞い込む。ヨウボクは腕を組みながら、じっとそれらの報告を聞いていた。青糸のような髪を持つ美青年の姿をしたこの艦隊司令官は、わずかに口角を吊り上げて薄ら笑いを浮かべていた。 

 このセイ国艦隊は楼船のみならず、「イタチ」「メジロ」「シュモク」「ヨゴレ」という四隻のサメ航空母艦を編成している。四隻の航空母艦を同時に編成して動かすのは、実戦では初めてのことであった。

 艦隊戦において最も射程距離の長い武器は、床弩や投石機ではない。この飛行鮫こそが、一番遠くから敵を攻撃できる武器なのだ。


 飛行鮫による航空攻撃に、セルキー艦隊は大混乱であった。魔術攻撃による対空射撃も、高速で飛行するサメが相手に命中は期待できない。せいぜい牽制が関の山である。ひとたび接近を許せば、サメは大口を開けて情け容赦なくセルキーの水兵たちを食らってゆく。


「クソッまたサメかよ!」


 リコウは矢をつがえ、襲い来るサメに向かって放った。矢は正確にサメの鼻っ面を射抜き、サメを撃墜したが、何しろ相手は物量にものを言わせて迫ってくる。これではキリがない。


「……ボクもやってやる!」


 エイセイも威斗を振るい、自慢の攻撃魔術「暗黒重榴弾ダークハンドグレネード」を放って対空射撃を行う。しかし連射の利かないこの魔術では、牽制効果が薄い。

 そして、リコウやエイセイたちの乗り込む軍船にも、対空射撃をかいくぐって飛行鮫が襲ってきた。

 

「だめっ!」


 咄嗟に、シフが光障壁バリアをドーム状に貼って軍船を守った。サメは光の壁に鼻をぶつけ、そのまま海へと没していった。


「……姉さん、大丈夫?」

「まぁ何とか……」


 光障壁バリアを解除したシフの顔には、疲労が色濃く浮かんでいた。光障壁バリアの消費魔力は貼る面積と発動時間に依存するため、軍船全体をすっぽり覆える面積の光障壁バリアを貼るのは、術者に大きな負担を強いることになってしまう。

 

 水上での戦いは、セイ国艦隊が序盤から優位に立った。しかし戦いが繰り広げられているのは、水の上だけではなかった。


***


 水上で軍船同士が対峙している間、水中では潜行したセルキーたちが密かにセイ国艦隊の方に向かっていた。彼らは皆茶色い毛皮のようなものを着ているが、これはセルキーたちの間で伝わる魔道具で、彼らはこれを着ることによって長時間の潜水が可能になる。

 セルキー軍の誇る潜水部隊。その任務は水中から直接敵艦の船底を叩くことである。軍船上から水中への攻撃というのは難しく、潜水兵に狙われればセイ国軍の最新鋭艦とて容易く沈んでしまう。この潜水兵の力で、セルキーたちはセイ国軍に揉み潰されることなく自らの勢力を保ち続けてきたのだ。


 先行した潜水部隊は、前方に何かの群れを見つけた。接近するごとに、それはただの魚の群れではないことに気づいた。


「魚人どもです。いかがしますか」


 群れを発見した兵士は、テレパシーで隊長に報告し判断を仰いだ。水中での会話は、専らテレパシーを通じて行われる。

 前方に現れたのは、獣人族の一種である魚人族の群れであった。盾と槍で武装していることから、彼らはただの群れではなく兵隊であることが分かる。

 セイ国の圧迫を受ける前、セルキーたちは魚人族と海洋覇権を争っていた。陸地に拠点を持つセルキーと水中に居を構える魚人族ははるか昔には互いに干渉することなく共存していたものの、海路による物資の輸送が盛んになると商業ルートを巡って両者は争うようになった。


「警告弾を放て。それで退かなければやむを得ん」

「はっ!」


 兵士の一人が威斗を構え、その先端から白い光弾を放った。高速で飛ぶ光弾は魚人たちの隊列の目の前で海底に着弾し、大きく砂を舞い上げた。

 だが、魚人たちは横隊を組みながら、止まらず突っ込んできた。攻撃の意志ありだ。


「やはりそうなるか……全軍攻撃! 魚人どもを排除せよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る