第8話 海豹妖精と魚人族

 海洋覇権を巡って対立を深めていったセルキーと魚人族。そこにセイ国が割って入ってきたことから、情勢は大きく動いた。

 セルキー相手に劣勢であった魚人族の殆どの部族は、丸ごとセイ国に臣従を誓った。海洋進出を目論むこの傲慢な魔族国家の手先と成り果てたのである。

 セイ国の水上戦力は艦艇のみであり、セルキーの潜水兵には成すすべが無い。だが、魚人族ならば水中でセルキーを迎え撃つことができるのだ。


 セルキー軍は威斗を構え、光弾を斉射した。魚人族と違い、妖精族であるセルキーは魔術を扱うことができる。

 密集して横隊を組む魚人族は、盾を寄せ合って身を守りながら前進してくる。光弾の殆どは盾に命中し、水中に白い光を火花のように散らした。光弾を受け止めた盾には傷一つついていない。光弾の威力が低い上に、魚人族の製作する水中武具はどれも頑丈なつくりになっているのだ。

 やがて、両者は肉薄し、槍による白兵戦へともつれ込んだ。両軍の戦いは激しく、槍に刺し貫かれた兵士の流す血が海中を染め、視界を遮った。

 戦いの流れが変わったのは、セルキー軍の一部隊が後方に回り込んでからであった。五十名ほどのセルキー兵が、魚人族のがら空きの背後に光弾を撃ち込みまくったのだ。

 魚人族の体に当たった光弾は、爆ぜて白い光を放った。鱗が吹き飛ばされ、肉がえぐられて血肉を水中にまき散らした。魚人族は二方向から攻撃されたことでパニックになったのか、散り散りになって戦場を離脱していった。


「隊長、追撃しますか?」

「いや、やめておけ。我々の攻撃目標は魚人どもではない。セイ国の軍船だ」


 逃げていく魚人族を無視して、セルキー潜水部隊はセイ国艦隊の真下を目指して直進していった。


***


 旗艦である楼船の甲板で、ヨウボクは腕を組みながら遠方を眺めていた。


 今、目下の戦闘では、飛行鮫という航空戦力を動員し、アウトレンジから攻撃を仕掛けるセイ国艦隊が圧倒的優位に立っている。セルキー艦隊の攻撃はまだセイ国側に届いておらず、一隻の軍船も沈められていない。


 この戦いは、セイ国の海洋覇権をより確たるものにするための第一歩であるといってよい。反抗的なセルキーたちを根絶やしにして洋上の拠点を全て押さえるためには、まずアルタン島に上陸し占領してしまわねばならない。

 セイ国の海軍力はソ国やかつてのエン国などの東の海に面した国々を大きく上回る。だが結局、どれほど艦隊を使って通商破壊を行ったところで、敵地に陸軍を踏み込ませて占領しない限り戦いは終わらないのである。そのためには水上戦力の撃破だけではなく、陸上部隊による敵地占領が欠かせない。

 わざわざ大艦隊を組んで艦隊決戦を挑んだのは、その先の上陸作戦を見越してのことである。船にたくさんの兵員を搭載しておけば、海上戦を制した後にすぐ上陸作戦に移行し大量の兵士をアルタン島に送り込めるからだ。


 ヨウボクのところに青い顔をした下級武官が駆け込んできたのは、日が中天に上った頃のことであった。


「何だと!」

「恐らく、下からの攻撃かと……」

「ぐぬぬ……魚人族どもめ……魚くさいだけで何の役にも立ちはしない」


 左側の闘艦が、立て続けに五隻撃沈されたという報が、ヨウボクの所に届けられた。敵艦からの攻撃が届いていない以上、これは下からの攻撃、つまりセルキーの潜水部隊によるものと断定できる。動員した魚人族部隊はセルキーを押しとどめられなかったということも、ヨウボク以下幕僚たちは同時に知ることとなった。

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