第4話 セイ国艦隊の妨害

「来やがったか……セイ国艦隊!」


 そう叫んだリコウは、歯をぎりりと噛み締めた。彼は一度、エイセイやシフたちとともにセイ国艦隊と戦ったことがある。

 トモエたちが視線の先に捉えた青い旗の船団、それこそまさに、セイ国艦隊そのものであった。もっとも、目視できるとはいってもその船団は遠く、それほどはっきり見えるわけではない。その上、あれはあくまでも巡視船団なのであろう。つまり、本格的な戦闘能力を有してはいないはずである。

 今、船は風による推進力を得て高速で航行している。しかし、セルキー曰く目的地までは遠い。このまま近くの海軍基地からまとまった数のセイ国艦隊が出動してきて、どつき回される羽目になる可能性は十分にあり得る。


 トモエたちの船は、真っすぐ北へ向かって航行している。一方、セイ国艦隊は西の方から姿を現した。セイ国艦隊は小型船と中型船が中心で、その合計の数は十隻にも満たない。艦隊は横合いから、徐々に接近してきていた。

 セイ国艦隊は、そのまま追尾の構えを見せてきた。だが、風魔術による推進で速度を速めた船にはそう追いすがれるものでもない。このまま撒ける……船に乗り込むトモエたちは、そう確信した。

 

「も、もう駄目……あたし疲れたよ……」


 唐突に、船を押す風が弱まってしまった。その風を起こしていたセルキーの女は、杖を抱えたまま船底にへたり込んでいる。

 風を操作する魔術が魔力の消費量が激しく、持続的に発動させるのは中々難しい。それは魔術を扱う種族に共通することである。国王や大臣クラスの魔族のような魔力量の大きい個体であるなら話は別だが、そうでない限りは短時間でバテてしまうのだ。

 セイ国艦隊は、左方から少しずつ距離を詰めにかかっていた。もう少しで、トモエたちの船は敵の射程内に入ってしまうと思われる。

 

「そこの船、止まれ! さもなくば撃つ!」


 セイ国艦隊の方から大声が聞こえた。人の声が聞こえるような距離ではないので、恐らく魔術によって声を大きく響かせているのだと思われる。


「ま、まずいよ! 矢を向けてる! 床弩も!」


 シフが慌てたように叫んだ。彼女は千里眼によって、艦隊の陣容をくまなく観察していた。艦艇にはいずれも床弩が備え付けられており、さらに弩兵隊が乗り込んでいる。もし警告に応じないようであれば、矢弾の斉射を浴びせるつもりなのだ。


「……どうせ奴らはセイ国軍。こちらから仕掛けても構わないだろう」


 シフの後ろから、威斗を構えたエイセイが出てきた。


「闇の魔術、暗黒重榴弾ダークハンドグレネード!」


 エイセイの魔術、暗黒重榴弾ダークハンドグレネードが放たれる。黒い球体は放物線を描き、中型の艦艇に着弾した。黒い球体が爆ぜ、命中した艦艇は見るも無残に粉微塵と化した。

 エイセイの魔術「暗黒重榴弾ダークハンドグレネード」の最も優れた点はその射程の長さにある。魔族軍が用いる投石機や床弩などの大型兵器よりも遠くから、一方的に攻撃を仕掛けることができるのだ。


 取り敢えず一隻は撃沈できた。敵の艦艇は、すっかり怖気づいてしまったのか遠ざかっていく。これなら振り切れそうだ。


「あの艦隊……巡視船団かぁ……厄介ですなぁ」


 セルキーの男は、頭をぽりぽりと掻きながら難しい顔をしていた。


「巡視船団?」

「そうさニンゲンの少年。あれはあくまでパトロール部隊。だからあっしらが上陸する頃には大艦隊が島を襲ってくるってことさぁ……」

「大艦隊……ってどんな?」

「そりゃあ、あんなもんじゃない。軍艦百隻以上は来るでしょうよ」

「ひ、百隻……」


 リコウは以前にも艦隊と戦ったことがあるが、その時の艦隊の規模は四十隻ほどであった。その倍以上と考えると、凄まじい数である。


「まぁこっちも魔族国家からのたちを運んでる身ですからなぁ。その辺の備えはちゃんとしてますぜ」

「お尋ね者……確かにオレたちそうだな……」

「あたしたちも随分大物になったのね」


 敵艦隊は、もうこちらからは視認できない距離にまで逃走してしまった。トモエたちを乗せた船は、のんびりと、大海原を北に向かって進んだ。

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