第5話 アルタン島
トモエたちを乗せた船が、セルキーたちの住む島であるアルタン島にたどり着いたのは、暮れ方のことであった。
「そちらの方がトモエ殿でございますか。私はアルタン島太守のレーブと申します」
側近と思しきセルキーたちを引き連れて現れたのは、やはり若い男の姿のセルキーであった。エルフと同じで長命な妖精族であるから、若い男女の容姿をしているものが多いのであろう。
「あたしはトモエと申します。エン国……いや現在はエン州の北方で魔族の侵略を受ける人間を代表して、外交使節として参りました」
セルキーと人間では言語が違うため意志の疎通が行えない。ここでも、トウケンが活躍した。彼はセルキーの言葉も理解しており、通訳が可能であった。
また、新しく言語を覚えねばならない……トモエの背後で、リコウやシフ、エイセイらはげんなりとした表情をしていた。
次の日、トモエたちはセルキーの軍事施設に通された。まず最初に案内されたのは、西岸の防御基地であった。ここは軍港になっており、大小さまざまな軍船が並んでいた。それに加えて陸地には防壁が巡らされ、その上に床弩や投石機といった、魔族国家の軍隊でお馴染みの大型投射兵器がずらりと並んでいる。完全装備の防衛拠点といった様子であった。
「セルキー……ぼくたちと同じ妖精族に思えないのだ……」
彼らセルキーはケット・シーやエルフと同じ妖精族であるが、どうやら文化はまるで違うらしい。森の中で自然とともに暮らすエルフや、狩場を求めて頻繁に移動し定住することのないケット・シーと違い、彼らは魔族や獣人族のような定住民に近い文明を持っているようだ。
「私たちも本来あまり戦いたくはないのですがね……」
太守のレーブは、暗い顔をしながらぼそりと呟いた。
ここアルタン島は、セイ国軍と対峙するセルキーの最前線拠点である。セルキーたちが魔族たちの攻撃によって大陸を追われ島々に散って久しいが、セルキーたちの住む島の中では最も西側に位置しているのがこのアルタン島である。そのため、殊の外この島は重武装していた。
元々セルキーたちは海と大陸を股にかける商人たちであり、彼らにとって武力とは交易路を賊から守るためのものに過ぎなかった。それが今ではセイ国の膨張によって、国家間戦争のために大規模な軍備を整えざるを得なくなったのである。
そして、彼らが手本としたのはかつての交易相手であった獣人族であった。彼らは城壁に囲まれた都市に住み、高く分厚い壁と様々な守城戦用兵器による堅牢な守りをたのみに自衛している。それにならって、セルキーは島を要塞化したのだ。
「あれ、そういえばトモエさんは?」
「……そういえばさっきから姿を見ていない」
リコウは視線を左右に振ってみたが、トモエの姿が何処にもない。
「あ、あっちから声がする!」
シフが陸の方を指差した。流石は地獄耳のシフである。
その先には、エイセイと同じぐらいの背格好のセルキーを抱きかかえて頬ずりをしているトモエの姿があった。
「水兵服の男の子……はぁはぁ……食べちゃいたい」
「ち、ちょっと……これから軍船の点検なんですからやめてください……」
栗色の毛をしたそのセルキーは全力で抵抗しているものの、トモエは頑なに離そうとしない。
呆れ顔をしながら、シフがそっと忍び寄る。その手には、威斗が固く握られている。
「……光の魔術、
シフが威斗をトモエに向けると、トモエは耳を両手で塞ぎながら苦悶の表情を浮かべ、その場で卒倒してしまった。
その夜、トモエたちは来賓者用の館に案内された。木造の立派な館は外観も内装も小綺麗で、手入れはされているものの使い込まれている様子はなかった。恐らく、建てられてからそこまで時が経っておらず、ここを使う外からの使節もなかったのであろう。
夕餉は海の幸をふんだんに使った、トモエたちには新鮮そのものな料理であった。内陸育ちのトモエたちにとっては未知の食材ばかりである。
「これは……生の魚?」
「そうです。今朝とれたばかりのアクマザケです。とてもおいしいですよ」
リコウの呟きに、側にいた給仕の男が答えた。どうやらセルキーたちは魚を焼かずに生で食べることもあるようだ。だが、魚といえば淡水魚しか知らないリコウたちにとって、生の魚は禁忌そのものである。淡水の魚は寄生虫が巣くっていることが多く、火を通さなければ危険であるからだ。
「いやぁ、まさかサシミが食べられるとは……最高!」
その中でただ一人、感激している人物がいた。トモエである。彼女だけは、生の魚に臆することなくこれを堪能していた。
彼女の前世には、刺し身や寿司といった魚の生食文化が存在していた。それゆえに、彼女は目の前の生魚に却って懐かしささえ覚えたのである。
一口、口に入れると、とろりとした脂の感触が舌を包んだ。もうそれだけで、トモエの感激はここに極まった。彼女は生魚を前にためらい戸惑う仲間たちをよそに、一人で顔をほころばせながら舌鼓を打ったのであった。
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