第38話 決戦! 犬人族VSセイ国軍
セイ国軍はなおも進撃を続けていた。犬人族軍は決戦を避け、城壁に依りながら小規模な抵抗を行いつつじりじりと後退する、所謂遅滞戦術を取っている。
その間中、犬人族軍は執拗に補給線への攻撃を続けていた。これが効き始めたのは、セイ国軍の主力が国都の目前に迫った時のことであった。
「物資の供給が滞っている……敵の執拗な兵站線への攻撃によるものだ」
幕僚の一人が、帷幕の中で拳をぎりぎりと握りしめ、怒りと不快感を露わにしていた。セイ国主力軍の幕僚たちは、すでに物資輸送の滞りが何によってもたらされているかを掴んでいた。掴んではいるものの、具体的な対策を考え出すまでには至っていない。輜重部隊には少なくない数の傀儡兵が護衛についているものの、それでも敵の奇襲攻撃を防ぐことはできないのだ。
「What the hell! 犬人族め、マジウゼェ。ワンコロどもが輜重を奇襲、オレたちの怒り有頂天MAX。ここでくじけりゃ笑い者、それはヤダヤダ、言うなウダウダ、セイ国不滅だ負けねぇぜ
青筋を立てているのは、総大将たるデンタンも同様である。彼はリズムに乗せてまくし立てながら、思いっきり机を蹴飛ばした。
***
「城壁の外へ打って出る」
犬人族の将軍は、全軍にそう通達した。これまでのように城壁に依って守りを固めるのではなく、決戦を挑もうというのである。今までの遅滞戦術は決戦までの準備を整えるための時間稼ぎであったのだ。
偵察部隊からの情報によれば、補給線への攻撃は順調に成果を上げており、セイ国軍の物資不足は深刻であるという。この状況を考えれば、守りを固めて体勢を立て直す時間を相手に与えるよりは、速攻を仕掛けて痛撃を加え、敵の戦意をくじいてしまうべきである。
二万の犬人族軍が、国都の城門から打って出た。それを迎え撃つのはデンタン率いる歩兵三万と戦車五百台の軍である。両軍は開けた平原でぶつかり合った。
「進め! 殺せ!」
セイ国軍の傀儡兵が繰り出し、弩による斉射を浴びせてくる。しかし、その弾幕は以前と比べると薄くなっていた。犬人族は大きな盾を並べて身を隠し、じっと斉射を耐え忍びながら、ゆっくりと距離を詰めていく。
やがて、距離の狭まった両者の間で白兵戦が繰り広げられた。犬人族は大盾を放置して身軽になり、持ち前の素早さを存分に活かして敵に躍りかかった。
「戦車部隊を投入しろ! 動ける戦車は全て出せ!」
デンタンの副官が咆哮を発した。すぐさま馬四頭に牽引された戦車が走り出し、前線へと繰り出した。発進する戦車部隊を眺めながら、副官はため息をついた。
「それにしても使える戦車がこれだけとは……ううむ……」
戦車という兵器は強力だ。しかし弱点もある。運用のためには莫大なコストがかかってしまうのだ。
戦車戦法は、元々古の時代に人間たちが編み出したものである。しかし、運用にかかるコストが大きすぎる戦車は北方に逃れ逼塞を余儀なくされた人間たちには荷が重すぎ、今となっては半ば魔族のものと化している。傀儡兵という兵器を編み出す前、魔術を主体に少数精鋭で戦う魔族たちにとってこの機動兵器の存在は脅威そのものであり、魔族たちもこれを積極的に取り入れた。傀儡兵を戦場に繰り出すようになってからは戦車と大量の随伴歩兵という戦術が魔族軍の間に浸透し、今日に至るまで基本戦術となっている。
戦車を動かすには一台につき馬四頭、火炎放射戦車であれば火牛三頭が必要であり、これらの動物の飼養だけでも馬鹿にならないコストがかかる。その上車の足回りの摩耗が激しく故障も多いため、車の修理や部品交換も頻繁に行わなければならない。
合計五百台を擁するデンタン軍の戦車部隊。その稼働率は、二割にも満たなかった。これでは副官がぼやくのも無理はない。
「来たね……戦車部隊……ボクの魔術で消し飛ばしてやる」
犬人族軍の後方にいるエイセイとシフが、突撃する敵戦車部隊を発見した。
「闇の魔術、
黒い球体が、戦車部隊の進路に向けて放たれる。エイセイが得意とする、お馴染みの攻撃魔術だ。
放物線を描いて飛来する黒い球体は、地面に着弾するや否や爆発を起こし、戦車を数台、乗り込んでいる傀儡兵ごと木っ端みじんに破壊してしまった。
戦車に立ち向かったのは、エイセイだけではない。
「かかってきなさい!」
突進する戦車に、徒手空拳で果敢に立ち向かう者がいた。何を隠そう、トモエその人である。彼女の拳が、蹴りが、戦車を次々と破壊していく。
彼女の大立ち回りで、ただでさえ少ない戦車部隊はろくに戦果を挙げられないまま壊滅的な打撃を受けてしまった。トモエにとって、最早戦車ですらも脅威ではなかった。
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