第37話 補給線攻撃指令

 トモエたちは寝食の保証を保証され、雇われ兵としての俸禄――犬人族の通貨である銅銭を受け取る見返りとして、犬人族の幕舎に呼び出され毎日のように軍議に出席していた。連日、犬人族の役人たちが文官武官の別なく侃侃諤諤かんかんがくがくと議論している。が、意見がまとまる様子はない。

 今のところ、犬人族は戦いの主導権を完全にセイ国軍に握られているといってよい。弱者が受け身に回れば、後は敗北あるのみである。そして、領土が広くなく後背地に乏しい犬人族の国は、敗北がそのまま滅亡に直結してしまう。まさに存亡の瀬戸際に立たされているのだ。


「敵は我々の領土に深く踏み込んでいます。敵将デンタン率いるセイ国主力軍は絶えず本国からの補給を受けておりますが、敵の背後に兵を回り込ませ、補給線を攻撃してこれを断ち切ってはどうでしょうか」


 ある時、議場で一人の若い役人がこのような意見を発した。しかし、その意見は当初、あまり好意的に取り上げられることはなかった。


「牛人族どもが相手なら分かる。だがものを食わぬ木人形を使うセイ国軍が相手ではさして効き目がないのではないか。兵の頭数が足りんのだ。そのようなことに兵力を割く余裕はない」


  そのような反論が、すぐさま返ってきた。

 牛人族は草食性であり、肉食寄りの犬人族の領土内では略奪という名の食料の現地調達が殆どできない。故に常時本国からの補給に頼らざるを得ず、補給線の断裂は致命的となる。だがセイ国軍は違う。彼らは食事の必要がない傀儡兵が主力であり、必要な食料の量は少なく済む。彼らの飢えを満たすには、現地調達、つまり犬人族の領内における略奪で事足りるであろう。

 略奪を防ぐには、焦土作戦という手段がある。敵に略奪される前に自らの手で自国の領土を焼き払ってしまうという作戦だ。しかし、焦土作戦は領土が広く後背地を豊富に確保できる国家で行うからこそ有効なのであり、後背地に乏しい犬人族が取りうる策ではない。


「いや、その補給線攻撃、行けるかも知れない」


 糧道攻撃に賛意を示したのは、議場に席を与えられていたリコウであった。

 犬人族たちの視線が、一斉に異邦人――リコウの顔へと注がれた。リコウはなおも、自分の考えをはきはきと喋った。


「奴ら、矢をバンバン使うんです。だから矢の供給を止められれば敵の戦闘能力は大きく落ちると思うんですよ」


 セイ国に限らず、魔族軍の主力は射撃兵、もっと言えば弩兵である。大量の弩兵による制圧射撃こそ、彼らの主戦術といえよう。

 敵の主力が傀儡兵である以上食糧輸送は少量でよく、補給が止まってもすぐさま飢えることはない。しかし、敵の豪勢な矢弾の使用ぶりを見るに、矢の供給を滞らせれば敵の戦闘行動を大きく妨害することができる。加えて馬の食むまぐさが無くなれば、戦車や大型兵器の運用にも支障を来すであろう。そうしたことから、補給線攻撃には大いに意義がある……そうリコウは主張した。


「なるほど……キミの言うことももっともだ」


 犬人族の将軍が、リコウの提案に動かされた。


***


 兵糧や武器、車の部品、などの軍需品を運搬するセイ国軍の輜重部隊が、石造りの街道で列をなしていた。脇を固めて輜重を護衛する武装した傀儡兵は補給物資も兼ねており、一部は荷とともに前線に補給されることとなっている。


「ん……? 何だ……? さっきまで晴れてたのに……」


 輜重部隊の後列の方にいる下級武官が、空を眺めて首を捻った。この日、空はずっと快晴であった。なのに、今自分たちの頭上には、黒い雲が立ち込めている。

 この輜重部隊の後方に黒い雷が落ちたのは、それからすぐのことであった。


「敵襲だ! 敵襲!」


 輜重部隊が、一気にざわめき出した。武官たちの野太い声が響き渡り、剣や槍、弩で武装した傀儡兵が左右に広がる林に向かって走っていく。だが、その隊列は整っておらず、突入のタイミングはばらばらであった。そういったところに、輜重部隊の混乱ぶりが見てとれる。

 見通しの悪い林に突撃を敢行した傀儡兵たち。しかしこの哀れな木人形の兵隊は、まともに敵と組み合うことなく、次々と首を切り離され、胴を貫かれていった。

 剣を手にした犬人族の兵たちは、浮足立つ敵をひたすら手にかけていった。こういった場所での戦闘は、犬人族が最も得意とするところである。


「ええい、くそ! 補給線を攻撃してきたな! デンタン将軍に報告……」

「そうはさせない!」


 通信石を懐から取り出そうとした列前方の武官の顔面に、拳がめり込んだ。武官は何の言葉を発することもなく、一撃で後方に倒れたのであった。

 いつの間にか、トモエは輜重部隊の先頭の目前に立っていた。拳を鳴らして挑発するトモエの姿を見て、輜重部隊の武官たちは顔を恐怖の色で染めていた。


 こうして、初めての輜重部隊奇襲作戦は大成功に終わったのであった。

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