第30話 牛人族軍との戦い
「我らの先祖の恨みを思い知れ!」
牛人族兵の一人が、犬人族の男をハルバードで叩き斬った。彼の周囲でも、同様のことが行われている。
犬人族の都市を陥落させた牛人族軍。彼らは逃げ遅れた犬人族に対して徹底的に虐殺を行った。兵士でもそうでなくても、男でも女子供でも関係ない。彼らにとっては目に映る犬人族全てが殺害対象であった。
犬人族軍の主力はセイ国軍と対峙しているため、地方の守りは手薄であった。そこを一万五千の牛人族に襲われては、抗しきれるものではない。
そうして都市三つを攻略し、破壊と殺戮の限りを尽くした牛人族軍は、次の都市、ヤユウへと狙いを定め、北西方向へ進軍を始めた。
***
トモエたちは食糧やその他諸々を持って、ヤユウを後にした。することはただ一つ、牛人族軍を迎え撃ち、撃退することである。
牛人族らのパワーは傀儡兵とは比べ物にならないぐらい強い。それは競り合ったリコウが身をもって思い知らされたことだ。トモエ以外が正面からぶつかれば、まず力負けしてしまうものと考えてよい。だから、トモエ以外の四人は相手の間合いに一切入らないようにする立ち回りが求められる。シフやエイセイはともかく、比較的前に出るスタイルのリコウやトウケンは気を引き締めねばならない。
都市から都市へ、という形で移動を続けながら、トモエたちは牛人族を迎え撃つのに丁度良い川原を見つけた。川を渡って敵を対岸から迎え撃つのは兵法の常である。およそ河川というものは山地と同様に天然の防壁でもあり、渡河中の敵は最も無防備である。トモエたちはここに陣取り、敵を待ち受けた。
やがて、地の彼方から、鎧を纏った牛人族の兵士たちが姿を現した。彼らは長兵戦を得意としているため、携えている武器は槍やハルバードなどの
砂塵を蹴立てながら、牛頭の獣人が疾駆する。その体つきは逞しく、北地の人間の男たちでさえ彼らには体格で敵わないであろう。その上に鎧を纏った姿は、まさしく
トモエに彼らと戦うことをためらう気持ちがないわけではなかった。本来、牛人族と犬人族は手を取り合ってセイ国と戦うべきなのだ。しかし、悲しきかな、現に彼らは国境を侵し、犬人族の領土を荒らしている敵なのである。話し合いで解決、などと悠長なことを言ってはいられない。そんな甘い考えをトモエは持っていなかったし、他の四人についても同じであった。
牛人族軍は、足を川の流れに浸して渡河を開始した。ざんぶ、ざんぶと音を立てながら、太い脚が水面を叩き割っていく。
「……ボクが片付ける。ダークサンダー……」
「待てエイセイ。まだだ」
威斗を振り上げるエイセイを、リコウが制した。まだ、敵は渡河を始めたばかりである。川を渡る敵を攻撃するタイミングは、川の半ばまで敵軍が達した時が最適とされる。エイセイが焦ったのは、牛人族の威容に恐怖と焦りを覚えたからであった。
エイセイは、じっと待った。川に敵が満ちたタイミングを見計らうと、待っていたとばかりに威斗を振り上げた。
「闇の魔術、
川の真上に、真っ黒な雲が集まった。その雲から、黒い稲妻が落とされる。水の中に雷が落ちれば、後はどうなるかなど明白である。
感電死。牛人族軍に待っていたのはそれであった。水に足をつけていた兵士の全員が、
後列の、まだ渡河を始めていなかった牛人族軍の部隊は足を止めたまま動き出さなかった。不用意に川に入れば感電死が待っているのだから妥当な判断であろう。
エイセイは、たった一撃で牛人族軍全体の進軍をストップさせたのであった。
夜、トモエたちは川を正面に野営した。動きを止めているとはいえ、牛人族軍はまだ対岸に陣を張っている。予断は許さない状況だ。一目散に逃げ出さない辺り、今度の相手はセイ国軍に属していた牛人族部隊よりも士気が高いのだろう。
「ちょっと……当てが外れたな……」
焚火の前で、リコウは呟いた。
「当て?」
「怖気づいて逃げてくれるかと思ったけど……思ったより敵はしぶといみたいだ」
トモエの問いに、リコウは答えた。魔族軍の傀儡兵と違って彼らは心を持つ兵士たちである。初戦で出鼻をくじいてしまえば士気は下がり、よもすればそのまま踵を返して撤兵してくれるかも知れない。そういう期待が、リコウにはあった。ところが彼らに逃走の意志は見受けられない。打撃を与えることには成功したが、流石に全てが全て望み通りとはいかないようだ。
「……待って! 皆!」
シフが突然、叫んだ。一番耳のよいシフが叫ぶということは、何かしらの危機が迫っているということに他ならない。他の四人はすぐさま立ち上がり、周囲を警戒した。
「川の上流側から来る……! 牛人族だよ!」
「マジか!」
「夜襲……やってくれるわね」
「敵も考えたものなのだ……」
シフの言う通り、川の上流側の方からどすどすと重たい足音が聞こえてくる。夜闇の下ではっきりとは見えないものの、大きな影が近づいてきているのがよく分かった。
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