第31話 夜間戦闘! トモエVS牛人族
「闇の魔術、
迫りくる敵を狙って黒雲を出し、稲妻を落とす。だが暗闇の中では上手く狙いが定まらず、稲妻に打たれた敵兵はあまりいないようであった。
捕捉されないように川の上流側へ迂回した上で渡河し、夜襲をかける。敵も考えたものだ。夜の暗さで正確な兵の数は分からないものの、それなりにまとまった数の牛人族兵が攻め寄せてきているはずである。
「クソッ! 来るなよ!」
リコウは向かってくる敵に矢を射かけた。しかし、暗くて命中しているかどうかが分からない。
「あたしが突っ込む! みんなはなるべく距離と取って離れて!」
トモエが叫ぶ。他の四人に異論はなかった。夜闇の中で敵軍に突っ込むというのは危険な役目であるが、トモエならできる、という思いが四人にはある。
トモエは、敵軍のど真ん中に突進していった。夜間戦闘に関していえば、リコウやシフやエイセイよりも慣れているトモエである。牛人族はその膂力を活かした近接戦闘が得意であるが、その彼らを以てしてもトモエには敵わなかった。長柄武器を振るわれるよりも早くトモエは懐に入り込み、その拳で以て渾身の一撃を叩き込む。分厚い筋肉で覆われた牛人族の肉体も、一打必殺の拳を受けては無事でいられない。
「クソッ! 何だこいつは!」
「素手のくせに! 化け物か!?」
トモエに自軍の兵士をなぎ倒されていく中、牛人族たちは口々に叫んでいる。セイ国軍と違い、彼らにトモエに関する情報は全くなかった。牛人族軍がトモエの恐怖を体験するのは、これが初めてである。
屈強な牛人族でさえ、近接戦闘では無類の強さを誇るトモエを前にしては、全く成す術がなかった。
――これは、いたずらに戦いを続けても兵を失うだけだ。
そう判断したのであろう。牛人族は踵を返して退却していった。
***
夜が明けた。川の対岸に展開していた牛人族軍の部隊は綺麗さっぱり消え去っていた。軍を退いたのか、それとも別の進軍ルートを取ったのかは分からない。けれども、もうトモエたちに出来そうなことはなかった。後はヤユウに帰投して報告を行うだけだ。
往路では一行の誰も気に留めなかったが、犬人族の領土内ではあちこちに羊の放牧が見られた。彼らの主要な栄養源である食肉は、こうして得ているのであろう。
トモエは、犬人族の土地を奪ったセイ国がその土地をネギ畑に変えてしまった、という話を思い出した。確かに、そのようなことをされれば犬人族も怒るはずだ、と、トモエは改めて納得したのであった。
ヤユウまであともう少し、という所まで至った時、一行の目に、とんでもないものが映った。
「あれ……燃えてるのだ……」
ヤユウの城内から、黒煙が立ち昇っている。何かよからぬことがあったのは間違いない。
一行が接近すると、城壁の付近にはセイ国軍の傀儡兵が展開している。そのことは、犬人族の主力部隊が敗北し、セイ国軍が再びヤユウに攻めてきたことを意味している。
さらに一行の目に飛び込んできたのは、見たこともない、銀色をした巨大な建造物であった。
一見すると、それは塔のようであった。しかしその底部には幾つも車輪がついており、移動式であることがうかがえる。そして何より、その大きさは前代未聞であった。その全長はヤユウの城壁を易々と超えてしまうほどだ。銀色の外板には、そこかしこに赤や青、紫などの色をした石がはめ込まれている。恐らくその石は魔鉱石であり、この巨大な銀色の塔には何らかの魔術効果が付与されているのだろう。
移動式の要塞。そう形容するに相応しい建造物である。それが、ヤユウの城壁に貼り付くように接していた。塔からは渡し板が城壁の上部に渡されており、そこから兵士を城壁の上に送り込めるようになっている。
北地の人間もエルフたちも城郭都市を持たない。故にこういった大型の攻城兵器とは馴染みがなかった。床弩や衝車などは実際に目にしたことがあるが、ここまで大型の兵器は始めてである。
トウケンにしても、ケット・シー自体は流浪の民であるため、伝聞以外で攻城兵器について知ることはなかった。そして、移動式の巨大な塔などというものの存在は、流石の彼も未知であった。
「何だよ……あれ……」
そう口から漏らしたのは、リコウであった。
「……とにかく、近くにセイ国軍がいるのは分かってるんだ。やろう」
「そうだな、エイセイ」
「そうよね、いつものやり方で行くよ!」
そう言って、トモエは単身、敵中に飛び込んでいった。
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